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第10話:悪徳商法?

詐欺が後を絶たない。古典的な結婚詐欺はもちろん、オレオレ詐欺から還付金詐欺、ワクチン接種が始まるとその予約代行詐欺、副業が注目されればそれが狙われ・・、次から次へと手を変え、品を変え。

騙す人がいれば、騙される人がいる。騙されにくい人もいれば、騙されやすい人もいる。騙される人は、大概が騙されやすい善良な弱者である。

僕もたぶん、騙されやすい。

かつて直接家にやってきた業者にトイレの換気口がダメになっていると言われ、それを信じて直してもらったところ、法外な値段を吹っかけられて困った。カミさんがいなかったときのことで、帰って来たカミさんは「全くあなたは・・」という意味のことをブーと言い、早速市役所に電話を掛け、業者に掛け合って3、4万円ほど安くさせた。

僕は、凄いものだと、ただただ感心したのであったが、実はその前にもセールスマンの口車に乗せられて、全集一揃えとCDの60枚組セットを買ってしまったという実績が僕にはあった。トイレの件と合計すると相当な被害の額になる。

カミさんは「今度引っ掛かったら私は考えさせてもらいます」などと恐ろしい事を口走るのだが、僕は頼まれると断ることが出来ない性格で、セールスマンの話も至って真面目に聞いてしまうのである。「だからあなたはカモなのよ」とカミさんは言うのだが、突き詰めれば正直者が馬鹿を見る世の中、思わず「天道は是か非か」と叫んだ司馬遷の気持ちも解かろうというものである。


就職して程ない頃、こんなことがあった。

電話があり、折り入ってお話があるから会って欲しい、と言う。では会いましょう、ということで職場に来てもらったのだが、部屋に招き入れようとすると、「これは特別なお話ですので他の方のいらっしゃらない所でお話したい」と言う。

変だと思ったには思ったが、新たに場所を取って「ご用件は」と聞くと、投機の話だった。アメリカで作る大豆やら小麦やらに投資して後に利益を得ないか、という誘いである。

そういうことなら僕は興味がないから話をしていただいても無駄であると言うと、聞くだけでいいからとにかく説明を聞いてくれと執拗に言うので、これが僕のまずいパターンだと思いながら、とにかく聞くことになった。

彼は新聞記事やその他もろもろの資料を使って大豆やら小麦やらの値の上昇状況を説明し、今投資すれば確実に儲けることが出来る。チャンスだ。という意味のことを盛んに力説する。

「どうですか」と彼が問うので、「興味はない」と再び告げると、彼はそんなことには慣れているのだろう、めげずに再び説明を始めようとするので、「働いて食べるだけの金があれば良い。特別に金を儲けようとは思わない」というようなことを言うと「何とも欲のないことをおっしゃる。先生はまだ20代でしょう。そんな夢のないことでどうするんです」と言う。

別に今日会ったばかりのセールスマンに夢が無いと言われる筋合いはないし、この男はどう見ても僕と同世代の人間であって、そんな若造にこんなことで批判される必要は全くない訳である。

そこで多少ムッとして「金を儲けることが夢と言うのもどうかと思う」と言うと、彼の方でもまずい気配を察したらしく、話題を変えテニスの話などし始めた。彼は僕がテニス部の顧問であることを聞き及んでいたらしかった。

最初は、これは搦手から攻める作戦に違いないと半ばうんざりしながら聞いていると、彼は「僕もA高校で軟式テニスをやっていました」と言い出した。A高校とは高校時代、僕らも付き合いがあり、練習試合もやった記憶がある。作り話を始めたのか、と思いつつも彼の名札と顔をよくよく見てみると、確かにどこか見覚えのある顔のようでもある。彼の方も何と無く同じような思いの表情で僕の顔を見始めた。

そこで、年齢だとか、部員の名前だとか、話を突き合わせて行くと、彼は学年こそひとつ下だったが、練習試合もよくやり、公式戦でも顔を合わせたことのある、当時は割合に親しく話をすることもあった人物であることが分かった。「なんだ○○か」「なんだ○○さんか」ということになり、それからしばらくは思い出話に花が咲いた。

小一時間も話をしていただろうか。最後に彼は立ち上がり、「それじゃ失礼します」と言った。「商売はいいの」と聞くと、彼はちょっと照れて「これは勧められません。金なんてそんなに儲かるものじゃないし、リスクは大きい。実はこの仕事、来年にはやめようと思っているんです」と言って、もう一度「それじゃ」と言い去って行った。

彼の仕事が悪質なものであるか否か、僕は知らないのだが、人が、社会の末端に部分として位置することを、ちょっと寂しく思ってみたりしたのであった。

恋人をフル人間であるより、フラれる人間でありたい、と思ってきたが、それはMか?とりあえず、騙される人であっても、騙す人にはなりたくない。だから「カモ」なのかもしれないが。

(土竜のひとりごと:第10話)

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