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【自分では何歳】だと思っていますか?

来月で私は50歳になる。
先日姪っ子に「半世紀も生きてるなんて信じられない」と言われた。
うん、私も信じられない。
「世紀」って単位にするとなんかすごいねって思いながら、私は言った。
「でもね、自分では37歳って気がしているよ。」

そう、本当に自分では37歳っていう気がしている。
鏡を見れば、そこには確かに50歳の私の姿が映ってはいるのだけれど。
「実年齢」と「実感年齢」のギャップが大きいのはわかっている。

自然に年を取っていくことと、内側の自分の時の流れというのは一致していない。
私の内側の時は37歳あたりで止まってしまっているようだ。
37歳の誕生日をもう何年も繰り返している。


37歳ころの私は何をしていたのだろうか?

34歳の時に、韓国から帰ってきた。
語学留学で、1年半ソウルにいた。

34歳では帰国子女とは言わないけれど、帰国子女と同じような精神状態で帰国後の2~3年を過ごしたように思う。
韓国での暮らしに頑張って適応し、また帰国後は日本の暮らしに適応していく。それは大げさな言い方かもしれないけれど、自分という人間を一度破壊し組み立て、また破壊し組み立てるということをしていくことだった。

冬になればオンドルが恋しく、日本人のやり方にもどかしさを感じる。
いつも韓国と比較してばかりで、日本の社会に馴染めなかった。
「韓国に帰りたい」
私の国は日本なのに、心は韓国にあるようで「帰りたい」と2~3年は言いながら過ごしていたように思う。
せっかく身につけた韓国語はもちろん、韓国にいた時の感覚、考え方、習慣を忘れないようにとしていた。日が経つにつれて、それが薄れていくのが嫌だと思っていた。帰国して1年が経った、2年が経ったと数えて、4年目あたりでそんなにも過ぎてしまったのかと驚いて、数えるのが怖くなってしまった。

今では記憶もだいぶ薄くなったけれど、それでも鮮明に思い出すこともできる。何度も何度も頭の中で繰り返しあの時間に帰っていた。

私の中の眼差しはすっかり過去にしか向かなくなっていた。
帰国後、自分のアイデンティティが破壊されたようで、どこの国の人間なのかわからなくなってしまったように感じていた。自分の根っこの置き場所がなくなってしまって、フワフワと浮いていた。
そして、外国で暮らすことが憧れだったのでその夢も叶い、この先の未来への望むことはもう何も無くなっていた。

そこから出ようとせず後ろを振り向いてばかりで、知らぬ間に時を止めてしまっていたようだ。


そこからずいぶんと長いモラトリアム期を過ごしてきたということだ。
だから、私はずっと37歳のように感じているのだ。

来月50歳を迎えるにあたって、いまだにまだ37歳のような気もしているが、どのようにこれから老いていこうかとちょっと考えるようになっている自分に気づく。自分の内側のどこかに、これから老いていくことを少しずつ受け入れていく準備をしていこうとしている自分がいる。
私の長いモラトリアム期は終わるのかもしれない。
そうしたら内側の時がまた動き出すのだろう。
実年齢とのギャップが埋まり始めるかもしれない予感がしている。


あなたは、自分では何歳だと思っていますか?

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