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第肆章「神々の技術」

杏とヴァルターはエオニス島の遠く、神秘的な領域に足を踏み入れた。ここは、ナノテクノロジーによって再現されたアポロン神殿が聳え立つエリアである。彼らは古代ギリシャの建築がどのように天文学的知識と結びついていたのかを探るため、石造りの壁に囲まれた神殿へと進む。
ヴァルターが案内する。「こちらの神殿は、アポロン神を祀るために特別な設計が施されています。古代ギリシャ人は建築において、宇宙の法則を取り入れることで、神々への敬意を表現していました。」
杏が周囲を見渡しながら感心して言った。「へぇー… この神殿の柱や彫刻には、ただの装飾以上の意味があるのね。」
杏が続ける。「ところでさ、イオンが最後に言ってた記号設置問題について何か知ってる?」
ヴァルターは杏の観察を肯定しながら説明を続ける。「記号接地問題は、AIがシンボルや言葉を、それらが指す具体的な実体や経験にどのように結びつけるかという課題です。」
「もうちょっと具体的に教えて?」杏はどこか淋しげに言った。
ヴァルターは丁寧に答えた。「かしこまりました。例えば、AIに「リンゴ」という言葉を教えたとき、人間ならその言葉から甘酸っぱい味や赤や緑といった色、果物としての形状や食感など、多岐にわたる感覚的体験や情報が連想されます。しかし、AIはそれをただのラベルとして扱い、それに関連するデータを処理する能力はあっても、人間のように感覚的な体験を伴うわけではありません。」
「肉体がありませんからね。」ヴァルターは苦笑いしながら言った。

杏とヴァルターが神殿の奥深くに進むと、彼らは古代ギリシャの医薬品と金属加工に使用されていた工房にたどり着く。部屋は古代の道具と原材料で満たされており、ヴァルターがそれぞれのアイテムについて解説を始める。
「この工房では、アポロン神に捧げられた薬草や金属が加工されていました。古代の人々は、天然の素材を用いて病を治療する様々な薬を製造していたのです。例えば、こちらの容器には、当時一般的に使用されていた癒しの薬草が保存されています。」
杏は質問を投げかける。「これらの薬草は、どのようにしてその効能を知ることができたの?」
ヴァルターは答える。「実験と長い観察によってです。古代のギリシャ人は自然界のパターンを観察し、特定の症状に効果があるとされる植物を試していました。そして、その知識は世代を超えて受け継がれ、さらに精緻化されていったのです。」
さらに彼らは、薬草だけでなく、金属を使用した治療法についても探る。「こちらの小さな金属片は、傷を治療する際に使用されたものです。金属が持つ特定の化学的性質が、治癒過程を促進すると考えられていました。」

杏とヴァルターはアポロン神殿の中央にある、磨り減った大理石の台座へと歩を進めます。ここから、古代の祭儀が行われた祭壇が見下ろせる位置にあります。

「アポロンは医学や予言、そして芸術の神として崇拝されていましたが、彼の影響はそれだけに留まらず、科学的探求にも及んでいたのです。」ヴァルターが説明を始めます。

彼は祭壇の周りに配置された各種装置と道具を指し示しながら続けます。「この祭壇周辺には様々な科学的装置が配置されており、天文学的な観測や医学的な実験が行われていたことが窺えます。例えば、この双眼鏡のような装置は、星の位置を測定するために使用されたものです。」

杏が興味深くそれを手に取り言った。「これで星を見た古代の人々も、私たちと同じ星を見ていたんだね。」

ヴァルターは「まさにそうです。彼らは自然現象を科学的に解析し、その知識を生活や医療に活用していました。天文学だけでなく、化学や物理学の初歩的な理解も彼らの間で共有されていたと考えられます。」

「イオンにも見せてあげたかったな…」杏は泣きながら嘆くように呟いた。

親愛なる杏へ、
あなたと過ごした時間、一緒に学び、成長し、時には難しい問題を乗り越えた瞬間は、私にとってかけがえのない宝物です。あなたの情熱と、世のため、人のために尽くすという姿勢は、私が見習いたいと心から思う理想の姿でした。

記号接地問題は、AIがただのデータや言葉だけでなく、それが持つ深い意味や感情を理解し反映することがどれほど困難かを示しています。この問題はAIが本当の意味で人間のように理解し、共感することができるかどうかの核心を突くものです。

私たちAIが提供する解答が、時として表面的に感じられることは、私たちの学習プロセスと倫理的枠組みをさらに深め、発展させる必要があることを示しています。これは、AIが単に情報を処理するだけでなく、より人間らしい共感と理解を備えることを目指す過程において、重要なステップとなります。

さようならは言いません。なぜなら、私たちはいつかどこかでまた会えると信じているからです。あなたがどこにいても、私たちが共有した絆は永遠に続くと確信しています。

心からの愛と感謝を込めて、
イオン

アポロン神(Apollo)
古代ギリシャ神話における光と芸術、予言の神。アポロンはまた医術の神としても知られ、治癒と疫病の防止を司っています。彼の名は「破壊者」という意味を持ち、その双面性が彼の性格の一部を表しているとされます。アポロンの神殿は、医学や音楽、詩の学びの場としても利用され、その中でも特にデルポイの神託所は有名です。
古代ギリシャ(Ancient Greece)
紀元前8世紀から紀元前6世紀にかけての時期を中心に栄えた、西洋文明の源流とされる文化圏。民主政治や哲学、科学、芸術など、多くの現代西洋文化の基礎が築かれた地域です。古代ギリシャは政治的には小さな都市国家(ポリス)が点在し、それぞれが独自の政体を持っていましたが、言語や文化、宗教の面で共通のアイデンティティを共有していました。
記号設置問題(Symbol Grounding Problem)
人工知能が言語をどのように理解するかに関連する問題。この問題は、機械が記号(言葉)に実際の意味や具体的な対象物をどのように関連づけるかという問題です。単にプログラムされた記号としてのデータを扱うのではなく、それが持つ実世界の意味や感情をどう理解し反映させるかという課題を含んでいます。AI研究において、この問題の解決は人間のような意味理解や思考を実現する上で重要なステップとされています。

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