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海まで100km 2004夏 ④

「今な、自分史を作ろうと思ってるねん。」
俺が皆に話した。

「へー、おもろそうやん」
達也がそう言った。

「じゃ、昔のこと思いださなあかんな」
政則が言った。

「俺、けっこう昔の事覚えとるで」
俺は少し得意気になって言った。

政則は、あまり昔のことは覚えていないようであった。

俺が、発言することについて
拓也は
「あー、そんなこともあったなあ。」
としみじみ言った。

政則は
「そんなことあったっけ?」
と言った。

・・・

中学1年のとき、俺は政則に出会った。

なんにも話をしていなくても、どこか同じ波長を彼に感じたから、友達になりたいなと思って、
初めて積極的に自分から話しかけたのも彼だった。

中学校の3年間、政則とは同じクラスだった。

よく政則につきあって、休み時間に屋上に上がった。

政則が気になる子が、よく屋上で遊んでいたからだった。

よく正則は、目でお気に入りの子を追っていた。

その当時は、僕にもクラスで気になる子がいたのだが、
大人になって、正則もその子が好きだったことがわかった。

彼はこの頃から趣味も、好きになる女の子の数も、
多趣味だったようだ。

・・・

拓也とは、中学の3年間同じクラスになったことはなかった。

でもなぜか1年最初の遠足のときから、
顔みしりになっていた。

最初の出会いは、大峰山帰りに歩いたどしゃぶりの御手洗渓谷の雨の中だった。

俺は、どういういきさつかわからないけれど、気がつけば彼のレインコートの中に潜り込んでいた。

そして気が付けば親友になっていた。

中学2年の時には、彼の家に学校帰りに入りびたって、
トランプに夢中になり、勝負に負けたら好きな子のことを少しずつ話したりもした。

どうやら中学1年の時から、交換日記を女子としていたようだ。

あの頃から、拓也のモテ伝説は始まっていた。。。

・・・

中学3年の3学期卒業前に俺達はバンドを組もうということになった。
そして、拓也の別宅に集まってミーティングをしようということになった。

総勢10人ぐらいの大所帯だった。

うちらの集まりにしては、珍しく女の子も数人メンバーに含まれており、ちょっとワクワクしたことを覚えている。

確か、郁夫が当時好きだった子もメンバーに含まれており、俺がひょんなことから、彼女と手をつなぐことになり
郁夫は大変ショックだったってことをあとから聞いた。

自分的には、相手がかわいい子だったので、
ひょんなきっかけだとはいえ悪い気がしなかったんだな。

・・・

高校に入って初めて拓也と同じクラスになった。
その代わり政則とは、初めて別れ別れになってしまった。

拓也は中学から始めた吹奏楽部に高校でも迷わず入った。
政則と郁夫も誘われて入部した。

僕も先輩に誘われてすごく興味あったのだけど、
ずっと政則と一緒やったし、大げさな感じだけど、ちょっと違う道をあるいて、それでお互い進めたらいいなあと思い
入部しなかった。

写真部の女子にも入部を誘われていたが、踏ん切りがつかずに結局帰宅部のままだった。

拓也達は同じ部で3年間を共に過ごしていた

もしも、あのとき入部していたら、今とは全く違う未来になっていたのかも知れない。

後に勃発する吹奏楽部OBと後輩のいろいろな事件を目の当たりにしていたかもだ。

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