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海まで100km 2004夏 ⑤

やがて僕達は順番に就職し社会に出ることになる。

僕は現役で2年制の専門学校そのまま進んだので最初に就職した。
大阪のITの企業に就職し、いきなり東京へ転勤し2年間東京の雑踏の中を蠢いていた。

政則も3年後に大阪の出版社に営業として就職し、コンクリートジャングルの中で時間に流されていた。

拓也は音大に入学し、最初は接客業に就いた。
着物を着ての接客で、実際の職場に見に行ったことがあった。
そうかと思えば、実家の会社を手伝って、九州に営業に行っていたことを聞いた。
が、いつの間にか教員資格を取り、教師に転職をしていた。

拓也の転職に間に、僕も政則もいろいろな会社を転職し、今日までゆらゆらと社会の波間を漂っていた。

気が付けばあれから10年・・・。
俺達も魅惑の30代半ばに入ろうとしていた。3

「このへんで前はサルが出なかったっけ?」
拓也が急に言った。
「せやせや、このあたりちゃうか」
すかさず政則が相づちを打った。

この瞬間は、居心地の良い俺の大好きな時間に戻った気がした。

再び車内を静寂が訪れた時、拓也がまた口を開いた。

「俺もう恋愛に疲れてん・・・」
「今度はお見合いで相手探すねん」

拓也は今故郷を離れ和歌山県の一軒家で一人で暮らしている。

拓也は昔からよく、もてていて選り取りみどりで女の子には不自由していなかった。
何回か、合コンっぽい、女の子連れのBBQなどに誘ってもらった。
いつも決まって女の子は拓也に夢中で、拓也はその気が無いというパターンだった。

人のことは言えないけれど、この数年はそれぞれが激動の時を過ごしていた。
拓也も人生でいろいろあり、ついに一人で暮らすこととなった。

「そろそろ例のポイントやな」
俺はみんなに話し掛けた。
政則は忘れっぽい性格だったが、このことは鮮明に覚えていた。
「トンネルの中の文字」
「そうそう。」
「やっぱここ通ると忘れられへんよね」
口々に思い出のトンネルのことを口にした。

今では全く痕跡すらないこのトンネルの壁だが、今でも皆の心の片隅にすっと忘れられずにいる若き日の想い出がそこにはあった。

今こうして30半ばになるというのに、相変わらずの生活をする3人。
否応なしに時の流れに流されていく3人。
いくら時が流れても立ち返りたい場所。
それがここなのかも知れなかった。
年を取るに従い変わりたく無いものが少しずつ変わっていく。
そして、10年先を全く予想できない自分がここにいる。

政則は、つい最近女の子と同棲を始めた。
飄々と生きていて全く女の子の話を聞かなかったのだが、やっと波長の合う子を見つけたのだろう。
話をちらっと聞いただけで、ほのぼのとした彼女の雰囲気が伝わってくる。
みんなの結婚式をする度に、友達代表の挨拶があるのだが、順番でいくと、政則の結婚式では、俺がスピーチをする番だ。
しかし、政則のマイペースな生き方に助けられ未だこの大役から逃れられている。
ほっとしている反面、早くしないかななどと親の気持ちになったりもしている。
でも派手な事を嫌う彼は案外、入籍しましたのハガキ1枚のお知らせになるのかななどと思いをめぐらせたりする。
彼からしてみればいささか余計なお世話なのかもしれないが・・・。

俺もあれから何度か引っ越しをして、今では奈良県の北部に一人で住んでいる。
気楽な一人暮らし。
今俺はつきあっている人がいる。
一緒にいてとても楽しい気持ちにさせてくれる人だ。
この3人が、パートナーをそれぞれ連れてこのトンネルを訪れることもそう遠い話では無いのかも知れないなと思った。
新しい家族を増やしてもこの友情はいつまでも続くものと確信している。

車は、大泊のカーブを曲がり朝焼けの見える海岸に到着した。
10数年前と変わらない景色を3人で見つめながら静かに砂浜で立ちつくしていた。
その顔には、真正面から上がる太陽の光が燦々と光り輝いていた。

「10年先にもう一度ここにこようよ」
「そやな」
「うん、そうしよう

いつまでも一緒に・・・
                               完

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