現代版ゴン狸
新美南吉児童文学賞に出したやつ。
タヌキガデタ。
人間ってやつはおもしろいなぁ、あのかわいがっている犬っころだっておれとおなじ毛むくじゃらのくせして、なんでおれさまのすがたをみるとひっくりかえってそんなにおどろくんだよ、すこしはうやまえ、えへん。
そうだ、カテイサイエンな。まったくしょうがないやつだな、じぶんできいろいデカブツに森や畑をつぶさせたくせに、ろくにたべものもないことに今さら気づくなんて、おまえらそれでもイキモノか。
しょうがないからおれがこのちいさなトマトをちょっとだけもらってやるよ。おまえらばかだから、トマトのたべごろもわかんないでそだちすぎたり梅雨でだめにしたりいつもしているじゃないか。
まったく、トマトのたべごろもしらないやつが、よくあんなへいきな顔でノサバッテいるな。
さてと、このへんで今日はひきあげるか。あしたはどこのトマトをたべようかな、まてよ、あっちのほうがゴミノヒじゃないか?カラスのやつとやりあうのはちょっとやっかいだなぁ、カラスは鳥目だ、夜のうちにあるのをやるか。
そんなふうにおれはたのしくくらしていたんだ。あくる日、いつもカテイサイエンをしっけいしにいく家の犬っころが、おれにきづいてワンワンほえた、かわいそうなやつだ、つながれてじゆうなんかなくてもらったえさをくってはねて、おまえの野生のほこりはどこへいったんだよ。
「野良猫かしら」
ほらほら、おまえはご主人さまとそっくりだなぁ、すぐちかくの排水溝におれがすみついていることなんかぜんぜん気づいていない。
その日の晩、ぐうぐうねているいぬっころのそばをどうどうとおれはよこぎって、ついでにそいつのたべのこしているごはんをしっけいしてやった。 月のきれいな晩だった。
めずらしく、そいつのご主人様が、夜だってのにおきだして、庭に出てきて「テンタイカンソク」とやらをしていたんだ。こんなトカイ、星なんかみえるかよ、だから人間は。
そうだちょっとからかってやれ、タヌキガデタってひっくりかえってきっとおどろくぞ。
ピカン、おれは目を光らせる。
「野良猫?」
犬っころのご主人様がでてきた、女の人だ。
カサカサ、おれはその人に近づく。
「狸!」
でも、女の人はひっくりかえるどころかとっさにもっていたなにかでカチっとやると、いやな光がおれをとらえた、めんくらったおれはすたこらにげだす、かぁちゃんからきいていたんだ、てっぽうってやつを人間はもっていてそれで撃たれると・・・ぶるぶる。
でもいつもの側溝で丸まって、いろんなところをけづくろいしたけどけがひとつしてなかったようだ、よかったよかった。
今日はもうこわかったからねよう、まだぶるぶるしている。
ところがこのさわぎはそれだけじゃなかった。
「じゃあ、ここに狸がいたんですね」
どこかものものしい男たちがすみかのまわりをうろつくと、その女の人につめよってきた、なにかいやなよかんがする。
「はい、あの・・・つかまえた狸はどうなるんですか」
女の人がないているぞ、ひとりぐらしの女の人をよってたかっていじめて、こいつらわるいやつだ、ばかな犬っころはしっぽをふっているけどおれはだまされないぞ、よし、つかまえられるもんならつかまえてみな。
おれはわざとそいつらのあしもとをくぐると、せいだいにすっころばして、
「まてぇ!」
ってどなっておっかけてくるそいつに見えるように、でも逃げ切らないように、わざわざあとちょっとでとらえられるスリルを楽しんでは、とことんまでからかって遊んで・・・。
ダン。
その時、急に視線がぐらつくと、おれはばたりとたおれ
「どこか遠くの動物園で・・・」
っていう、かなしそうな女の人の声を聞いたんだ。
あぁ、おれはつかまった。
でもへんだぞ、おれ、いきてる。
いけどりにしたのかな、たぬき鍋は、とっときのごちそうにする気かな。どこもいたくない。そうだ、ここは、檻だ、ほかの生き物もおんなじ部屋にいるけど、なんだろうそれみんな後で食べるようにとっておくのかな。でも食い物をくれるぞ。
あ~あ、ちんけな人生だったなぁ、鉄砲もってたやつがいたのかなぁ、でも生きてるんだよなぁ、これからどうなるんだろう。みんな不安そうだ、おれもなきたいよ、ウユーン、ウユーン。
疲れるだけだ、ねてしまおう。
朝がきて、また食い物、夜がきて、また食い物。いつまでそうしていたのだろう、ある日食い物をもってきたやつが
「お前ら、もらい手がきまったぞ、イタリアだ」
って、貨物にのせられたんだ。
ここはどこだろ、でもおれはまだいきている、たぬき鍋にされることはたぶんなさそうだ。なんてったってここでは「たぬき」「たぬき」ってみんながちやほやしてくれる。
食い物にも寝るところにも不自由しない、しかも暖房冷房つき。
おれはとくにトマトが好きだからと、ごはんのあとにとっときのトマトをもらい、かわいいメスとも出会って、子供をのぞまれて・・・。
ぜんぜん幸せじゃないやい。
おれは犬っころじゃないぞ、ほこりたかい野たぬきなんだ。なんだ、こんなガラス、なんだ、このみんなの笑顔。こんなのがほしいんじゃないやい、あ、女の人、おれが、カテイサイエンのトマトをしっけいしてた!なんでここに!
お~い!おれがわかるかい!
女の人や~い!おれに友情を感じているなら聞いてくれ!おれをもとの野たぬきに
「ゴンってつけてもらったの」
女の人は笑っている、おれ、名前なんてどうだっていいから、またあんたの庭のトマトがたべたいんだ。
「ゴン、お前だったのね、庭のトマトを食べたのは」
女の人はそれだけ言うと立ち去ってしまった。
おれはそのうしろすがたに、ウユーン、ウユーンって泣いたんだ。
―了―
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