減点主義と集団内での比較に苦しんでいる人へ
たまに、飛行機の訓練をしている方から相談を受けることがあります。
ぽつぽつと相談を受けているうちに、訓練がうまくいかない学生の状況に、ある共通点があることに気がつきました。それはどこかに正解があって、それを100点満点で取りに行くことが訓練の目的になっていることと、自分のパフォーマンスを誰か他のパフォーマンスと比べてしまうことです。
そして、100点を取れないことに苦しみ、周りと比べて自分の「点数」が低いことに苦しむ。そして、その裏返しで他人が100点を取れないと安心し、時にはそれを責めたりする。
飛行機の訓練に限らず、日本社会ではこのような価値観が当たり前のように受け入れられて、かつ、それに苦しめられて人がたくさんいるように思いますが、どうでしょうか。
パーフェクトなフライトなんか犬も食わんよ
私も10年前に小型機の訓練をしていたとき、自分はダメだ、まだまだできないことがたくさんある、100点を取れない俺はバカだアホだといつも思っていました。何かミスをしたら減点、地上に帰ってきたときに何点残っているかでパフォーマンスを評価していました。
今思い返せば、先を見過ぎていたこともありますが、典型的な日本人的思考の罠に見事にはまっていました。すなわち、どこかにパーフェクトなフライトが存在していて、どうしたらそれに近づくことができるだろうと考えていたのです。
それもこれも、ニュージーランドに渡航する前に日本の訓練について色々と情報を集めすぎたことが原因でした。日本の訓練は費用が高い上に、飛行機はパーフェクトに飛ばせて当たり前。フライトは準備が9割。地上でできる準備をしっかりやって、上空ではその結果を確認するだけ、もしうまくいかないのなら、それは自分の準備不足なのだ、云々。
フライトの準備が大事なのは事実ですが、自分がコクピットに乗って飛行機を全身で感じることだって同じくらい大事なのです。生まれて初めて乗る飛行機の操縦が、そんなに早くからパーフェクトにできるわけがありません。
一向に「パーフェクト」にならない自分のフライト(当たり前)に苛立ち、その原因を地上での準備に求め、睡眠時間を削りながら「一生懸命」準備して、フライト前にすでに疲れているので集中力を欠き、一向にパフォーマンスが上がらない。そんなスランプ状態に陥っていました。
まずはよく寝るだけで、日中のほとんどの問題は解決すると思います。
チームでの訓練は、いいことばかりではない
また、日本人の同期は私を含めて4人でした。みんないいやつで、能力と志が高く、全員がエアラインパイロットになりました。
同期で助け合い、情報を共有し、うまくいったことも、うまくできなかったことも公開して4人でうまくなっていく。そういうつもりで訓練をしていました。
しかし、みんなが同じタイミングで同じ成績を取ることなんてありえませんし、その必要もありません。当然成績にはばらつきがあります。ファーストソロの時間や訓練を何時間で終えるかなど、細かいところで差が出てきますが、チームでやれば、その差は浮き彫りになります。
この「差」は本来、個人でやればそもそも存在しないものです。そして、この「差」を意識することは、自分のパフォーマンスの向上には関係のないこと、つまり、ノイズです。切磋琢磨といえば聞こえはいいですが「自分はこの集団の中で何番だろう」という考えに陥る危険と紙一重であることには注意が必要です。
10年後のエアラインでの訓練
現在、私はニュージーランドのエアラインで機種移行のタイプレーティングのトレーニングを会社でしていますが、昔の小型機の訓練と比べると、自分の心のありようが全く違うことに気がつきます。
ちょうど先日、飛行機のシステムのテストを受けました。同期は私を含めて4人。32時間分のパワポを見続け、それぞれ準備ができたらオンラインテストにログインしてテストを受けます。私がテストを受けたのは一番最後でしたが、全く焦る気持ちはありませんでした。なぜなら、当たり前のことですが、テストを受ける目的が4人の中で一番になることではなく、自分がシステムを理解することだと分かっていたからです。
ですから、他の3人が次々とテストを終えて退室して言っても、与えられた時間をじっくり使って、258問あった練習問題の見直しを全て終えてからテストを受けました。その間、焦りは本当に「全く」ありませんでした。
その結果、逆説的ですが、私は100点を取って誰よりも成績が良くなりました。別に、70点でも気にしなかったでしょう、その場合は、できなかったところを復習して潰すだけです。
落ちこぼれを出すなという欺瞞
日本のパイロットの間でよく知られている言葉に「同期の中で落ちこぼれが出たら、その落ちこぼれ以外の者、特に成績が一番いい者が怒られる」というものがあります。チームで情報共有をして、みんなで成長していかなければならないのだから、落ちこぼれが出るのはそのチームの、それも一番出来のいいやつの責任だ、というのです。
日本的な価値観からすると、なんとなくうなずけてしまう言説に思えます。私も訓練を始めた頃は、この言葉を信じて疑いませんでした。しかし、ニュージーランドで10年間飛行機をやってきて、私はこの言説が「落ちこぼれた人」ではなく「それ以外の人」を救うために存在している、と確信するに至りました。
チームの中で助け合うのは当然のことです。しかし、個人の進捗はあくまで個人の責任です。その証拠に、実際に落ちこぼれが出ると、最終的にはその落ちこぼれた人が訓練停止になります。チームの責任、というならチーム全体を落とすのが筋でしょうが、そうはなりません。結局、責任を負うのは進捗が基準に達しなかったその個人ですから、あいつが受からなかったのは「お前ら全員の責任だ」というのは欺瞞であり、落ちこぼれた人以外が救われるための「村の掟」みたいなものではないでしょうか。
落ちこぼれた人のことを救うのに必要なのは、教官による適切な診断と処方(努力の方向づけ)です。多くの場合、できない人は努力が足りないのではなく、間違った方向に走っているだけなのです。その方向づけができるのは教官だけであり、チームワークは、その示された方向への推進力を最大化するために必要こそすれ、落ちこぼれが出る直接の原因ではありません。それは、具体的かつ科学的な診断と処方ができない教官の能力の問題です。
「危機感を持たせる」といってどんどん追い込んでくる教官がいますが、自分の成績が他の人より悪いことがわかって、危機感を持たない人がいるでしょうか。落ちこぼれている人は、このままじゃダメだ、ということは本人が一番よくわかっています。一生懸命走ってもいます。だから、そういう人に今更「危機感を」というのは、全くのナンセンスなのです。
詳しくは、有料版ですることにします。
とにかく、かつての私のように、危機感を持って死ぬほど頑張っているのに、準備をしているのに、勉強をしているのに、同期と進捗に差が出てきて、ビリけつになってしまって心配な人が今いたら、その人にはこう伝えたい。
全く心配いらんよ!!
あなたは、過去の自分のパフォーマンスを1ミリでも超えることに100%フォーカスすればいいのです。そうすれば、必ずうまくいきます。
そして、フライトがうまくいってもいかなくても、過去の自分からの伸びしろが少しでもあれば、それをもれなく記録してください。うまくいかなかったところはそこそこにしておきましょう。
毎日毎日フレアがうまくいかなくてもノートには「フレアがうまくいかない」ではなく「昨日よりショックが少なかった」とか「昨日よりセンターラインに寄せられた」と書きましょう。今の自分が未熟なのは、あなた自身が一番分かっているのだから、ノートにはポジティンブなことで埋め尽くすくらいでちょうど良いのです。
ほとんどの問題は、エクスポージャ、つまり経験を積むうちに解決していきますし、経験を積むことでしか解決しないこともあります。焦る必要はありません。エアラインのトレーニングでも、皆そう言っています。唯一、「危険な操作」をした場合だけ、その改善にただちに取り組んでください。
フライトに最も大事なのは、自信です。
そして、自信は小さな成功体験を積むことでしか醸造できません。時間がかかるのです。心配しなくても、あなたがいかに「至らないか」については、たくさんの人がアドバイスしてくれます。ですから、自分や誰かを褒めることが過信につながるという考えは、捨てて大丈夫です。
そして、自分の周りにこの「村の掟」にはまっている人がいたら、その人が昨日と比べて良くなったところを見つける手伝いをしてあげてください。時間があれば、一緒に勉強してもいいかもしれません。それが本当のチームワークだと私は考えます。
もしにっちもさっちもいかなくなったら、私でよければ相談に乗りますので、お気軽にどうぞ!
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