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今、パイロット訓練を始めるべきか否かに答えたら、哲学的になってしまった

先日、師匠と話をしているときに、パイロットになりたい若い人たちが、昨今の世相を受けて非常に悩んでいるという話題になりました。

私もたびたび相談を受けることがありますが、師匠のところにはそういう質問がひっきりなしに来るようです。私もかつて、自社養成に落ちて絶望していたところから海外への道を開いたのは師匠のHPを見たおかげでした。

だから、今、若い人たちがパイロットの歯がゆい思いは痛いほどわかります。私立大学のパイロットコースの学費は、2000万円もします。世相からみて今後数年はパイロット余りが続くでしょう。911やリーマンショックの時と同じように、すでにエアラインで働いているパイロットですら職を確保するのに精いっぱいという状況で、どうして2000万円もする投資をする意味があるのか。

見えない前提

しかし、冷静になって考えてみると、この問いには見えない前提があることに気が付きます。それは、今、パイロットの訓練を始めなければ、パイロットになる夢は諦めなければいけないというものです。

どうしてそんな風に考えるのでしょうか。だって、今パイロットの景気が悪いなら、ほかの職について一生懸命やって、金をためて、時期が来たら訓練をやればいいだけの話じゃないですか。論理的に考えれば簡単に出る結論です。

しかし、実際にやるとなると簡単ではありませんね。わかってます。私だってかつてそうでした。これは、日本の社会制度がそうなっているからです。

パイロットにもある「勝ち組」と「負け組」

日本では自社養成や航空大学、私立の操縦士コースなど、いわゆる「新卒一括採用」の文脈にパイロットの就職が組み込まれているので、高校や大学を卒業後、すぐにパイロット訓練に入らなければパイロットのキャリアが閉ざされてしまうと考える人がとても多いように感じます。

もっと突っ込んでいえば、JALとANAのどちらかに入ることが最善で、それ以外はメインストリームから落後したアウトサイダーのようなキャリアになってしまう。そんな雰囲気が支配的であるように感じます。

パイロットの部分に注目「LCCは除く」

大手に入れれば「勝ち組」そうでなければ「負け組」

自社養成か航空大学に入れれば「勝ち組」そうでなければ「負け組」

新卒でいい会社に就職できたら「勝ち組」そうでなければ「負け組」

あなたも、そんなふうに考えていませんか。

想像力を奪われるな

私が昨今、日本を外から見ていて思うのは、人々の想像力と人間性がどんどんなくなっていっているのではないかということです。

そのことを説明するために、ちょっと話が飛びますが、今年誕生した息子の話をします。

出産に立ち会ってつくづく思ったのは、一歩間違えれば冗談抜きで死んでしまうようなイベントを乗り越えて、この世界に誕生した息子には、本当にそれだけで一生分の親孝行をしてもらった気分です。彼は、その存在自体に価値がある、ユニークで尊い存在です。そして、私やあなたを含めた人間全員は、かつて「赤ちゃん」だったわけですから、我々もそれぞれが同じく存在として尊いわけです。

ところが、奇妙なことに、そこから20年もすると、その尊い存在はたかだかどの会社に入ったかなどという些末なことで「勝ち組」だの「負け組」だのと相対化され、まるで商品のように扱われます。

そのこと自体を全面的に否定するわけではありません、労働力を人的資本として労働市場に提供する以上、能力に値札が付くことは当然でしょう。しかし、それは個人の人間性そのものの尊さとは別個であるはずです。

負け惜しみ、あるいはおままごとの理想論のように聞こえるでしょうか。でも、それこそ今、日本の人々が感じる閉塞感の正体なんじゃないかな、とよく考えます。そうでなければ、年間2万人も自殺するはずがありません。

あなたはどう生きるか

新卒一括採用に象徴される、不自然な日本の社会制度がこの二つを混同させ、自分の人間としての価値をも相対化し、世の中に役に立っていなければクズだと感じるような社会に、日本はなってしまっているように感じます。

採用が止まっているなら今はおとなしくしておいて、後から始める、とか、最悪、エアラインパイロットになれなかったとしても、自家用操縦士やグライダーパイロットとして「自分」が主体的に空にかかわっていく。そのために、今できることを一生懸命やる。その結果醸成される自信は、そもそもパイロットの訓練にとても大切なことです。自信がないパイロットは、訓練でも良いパフォーマンスが出ません

どんなことになっても、自分は自分としてこれからも生きていくし、何かに失敗したとしてもその後始末は自分でつける。決してそのことで自分自身の価値を否定なんかしないし、誰かが否定してきたら、たとえ親であろうとそれは違うと伝える。

そういうことが「負け」と認識される社会は、異常です。

問いへの回答

「今パイロットの訓練を始めるべきでしょうか」

に対する最も誠実な答えは、

「あなたは、どう生きたいですか」

そう問いを立て直してあげることかもしれません。


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自分が訓練生だった時に、こんなレポートがあったらよかったな!と思えるような内容を意識しています。自分で言うのもなんですが、日本語で書かれたパイロットに関する読み物として、ここまで具体的、専門的、かつ平易な言葉で書かれたものはないと自負しています。ご購入者の方の満足度を最優先に考え、収録してある全ての有料記事が今後追加される記事も含めて追加料金なしでお読みいただけます。ご購入者の方々とは、応募フォームやコメントを通じて交流や訓練の相談をしています。よろしくお願いします。

NZ在住のパイロットAshによる飛行士論です。パイロットの就職、海外への転職、訓練のこと、海外エアラインの運航の舞台裏などを、主に個人的な…

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