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食の風景

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「食の風景」とは、食に纏わる美味しいお話から、料理のあれこれを、時に脱線しながら、思うままに腕を揮っては語っております。レシピは無いけれど、今日も美味しいご飯を一緒に食べませんか。
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#和菓子

「秋の彼岸に色とりどりのおはぎを」

 刷毛で伸ばしたような薄雲が広がる秋空の下、土手に並ぶ彼岸花は地元の小学生が植えたものです。小道に並んで、今年も秋の彼岸を迎えました。仕事と執筆の合間に作れるかな、どうかな・・・と思いつつ、そろそろあんこが食べたいと思います。台所で材料の在庫を確認。 もち米220gに米320g。もち米100%が好きですが在庫が無いので今日は混ぜます。はかりでグラム計算したため3合以上に。 ※一合は約150g・180CCです。 あんこ・・小豆210g、三温糖100g、黒糖3かけら、塩ひとつ

「和菓子の日に 其の二」

6月16日は和菓子の日なので、和菓子写真展を今年も急遽出す事にしました。ただ和菓子の写真が並んでいるだけです。いちが食べた和菓子の中で撮影忘れなかったものだけあります。忘れた物は胃袋の中へあります。因みにたべっ子どうぶつは違う気がしたので載せませんでした。和菓子は御褒美です。おいしいおいしい御褒美です。        いち 「ごちそうさまでした」 和菓子に栄光あれ。                        

食の風景「春の彼岸の恋しおはぎ」

 去りし寒い時季、小豆をことこと火にかけては、自家製の焼き餅入り善哉を楽しみました。季節は移ろい、鳥の囀り、顔出す花芽、春一番も吹いて、列島にまた春がやって来ました。  彼岸入りして、私はそわそわし始めます。昨年は都合が付かずに出遅れてしまったけれど、今年は是非とも間に合わせたい。そう思って小豆を買い、もち米を買い、休日の来るのを心待ちにして暮らしました。そうして迎えた春分の日。生憎と寒さが戻って来ましたけれど、心晴れ。さあ、小豆を炊きましょう、美味しいあんこを作りましょう

「正方形の織り成す和菓子模様から国境を越える」

ビニールの包装を外した途端に木の香しさが鼻腔にすうと広がって、途端に林の中へ立たされていた。気分が大変に良い。逸る気持ちを抑えながら、手元の木箱の蓋へ手を掛けた― ああ、何と云う愛らしさか。これは、和菓子屋さんでとんと巡り合った節分の和菓子の升箱である。この正方形の慎ましい箱の中へ紡がれた和菓子の美しさに暫し見惚れる。形、並び、配色。背景を思い浮かべない訳にいかないではないか。凝と眺める内、心模様は水流のように滑らかに運ばれて、そしていつしか、国境を越えていた。 日頃、自

「食の風景・餅入りぜんざい」

※これは昨年末に書いたものです。 先日ご紹介させて頂きました北海道の新物小豆で、ぜんざいを作りました。今年は年末の餅つきが、諸事情でぎりぎりになるのです。 「お餅作ったら善哉作ろう」と待ち設けておりましたが、待ち切れない食いしん坊が先ず市販のお餅を買いまして、そうなるともう、作りますよね。 ぜんざいは「食べよう!」と思い立ってから作り始めてもあっという間に出来上がります。あんこのように目が離せない訳でもありませんし、拘れば目が離せない事もあるでしょうが、自分が食べる物で

「秋の彼岸、朝霧に姿隠す名月を見た。おはぎ作る」

 春分の日は出遅れた。秋こそはと望みだけ持っていたら、もう秋だった。今度は幸いにして前回作ったあんこが冷凍庫にある。風味は劣るけれど作らないよりは幾分か気が休まる。と云う訳でおはぎを拵えた。  今回は青海苔ときな粉。中にあんこが入っている。箸で割ると顔出す。 はい、美味しい。何と云うか、顔みたいである。青海苔は美容院帰りのパーマ当て過ぎた人みたいで、見ようによってはソバージュ。奥のきな粉はむっつりした子どもみたいだ。じゃあ親子だな。 「母さんなんでそんなパーマかけると?

「小豆がぐつぐつ、ことこと、あんこに姿を変える迄、静かに筆を執っている」

 天気予報は外れて、朝から太陽の照り付ける。朝と夜とが半分ずつではない今日と云う日に、久し振りであんこを作ろうと思い立つ。打ち明けるなら、執筆の隙間。  台所に執筆の相棒を持ち込んで、鍋で小豆をじっくり炊きながら、このあんこの文を書いている。台所にはベランダへ出るようなガラス扉が二枚ある。外の風を入れるに丁度良いその扉の、網戸の在る方を開けている。レースが微かに揺らめいては、風の通りを知らせてくれる。送れて足元に涼が漂う。ドイツ菖蒲に気圧されて大きくなり損ねた今年の紫陽花が