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夕鶴

夕鶴

木下順二 1949

一面の雪の中に、ぽつんと一軒、小さなあばらや。家のうしろには、赤い赤い夕やけ空がいっぱいに・・・

「鶴の恩返し」として親しまれている民話(佐渡の昔話)を戯曲の材料として書かれたもの。1949年1月「婦人公論」に発表され、ぶどうの会によって同じ年の10月に初演されました。以来、鶴女房の「つう」は山本安英の持ち役となり、1993年に逝くまで37年間1037回の上演を記録しました。新劇の中で多くの人々に鑑賞された演劇のひとつです。またこの「夕鶴」は文学として教科書にも取り上げられ、「戯曲」が小説や詩歌同様に、「読む」ことの列に加えられました。

〈与ひょう〉は村人には馬鹿にされているが働き者で子供達には好かれています。その〈与ひょう〉がなんの報いの望まず、矢を抜いてくれたのが嬉しくて彼のもとにやってきた鶴の化身の〈つう〉。仲睦まじい生活を送りますが、人間は悲しい生き物。心の奥底には欲望が眠っていました。村人〈運ず〉〈惣ど〉は〈与ひょう〉をたきつけて「鶴の千羽織」で金儲けを企みます。そして優しい〈与ひょう〉の心も金銭への欲望が生まれます。

①つうはええことしたなあ、何べんも都さ行って・・・
②あのなぁ・・・おら・・・都さ行きたいんだけんど。
③そんで、えへへ、おら、またあの布が欲しいんだけんど。
④都さ行って、たんと金を儲けて・・・
⑤布を織れ。織らんと、おら、出て行ってしまう。
⑥布を織れ。すぐに織れ。

〈与ひょう〉
「今度は前の二枚分も三枚分もの金で売ってやるちゅうだ。何百両だでよう。」
〈つう〉
「ああ、あんたは、あんたが、とうとうあんたがあの人たちの言葉を、あたしには
分からない世界の言葉を話しだした。・・・ああ、どうしよう。どうしよう。どうしよう。」

これなんだわ。・・・みんなこれのためなんだわ。・・・おかね・・・おかね・・・
もう一度、もう一枚だけあの布を織ってあげるわ。・・・都へ行って・・・たくさんのおかねを持ってお帰り・・・そして、今度こそあたしと二人きりで、いつまでもいっしょに暮らすのよ・・・

〈つう〉は最後の行為へと向かう。
あれほど固く約束しておいたのに・・・どうして見てしまったの?

いかに善良であっても、人間には物欲と禁忌を犯してしまう弱さがある。〈つう〉の「自己犠牲」を〈与ひょう〉は「裏切る」。「愛」とその背後にある「信頼」を失ってしまった〈与ひょう〉は、布を持ちながら、あてもなく歩き続ける。

男と女の間には
「愛」「自己犠牲」「信頼」「裏切り」が横たわっている。
《あたしには分からない世界の言葉》を深く深く考えてみる。

与ひょう どこへ行く 暗い雪の野原を あてもなく つうを求めて

夕方になり 家のうしろはきょうも一面に赤い夕やけ空

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