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点鬼簿

点鬼簿
芥川龍之介1926

「僕の母は狂人だった。僕は一度も僕の母に母らしい親しみを感じたことはない。僕の母は髪を櫛巻きにし、いつも芝の実家にたった一人坐りながら、長煙管ですぱすぱ煙草を吸っている。」

芥川龍之介は明治半ばに東京で生まれました。ほどなく母親が病み、親族の芥川家の養子になります。ですが、実の父親とはよく会っていました。新宿の牧場に連れて行かれ、アイスクリームをもらったと随筆「点鬼簿」に書いています。
「僕の父は牛乳屋であり、小さい成功者の一人らしかった。」
「僕は当時新宿にあった牧場の外の槲の葉かげにラム酒を飲んだことを覚えている。」
新宿で牛乳🥛、アイスクリーム🍨。今では、季節を問わず、味わえる。
芥川龍之介は大正デモクラシーに向かう優美で華奢な時代を生きましたが、この牛乳とアイスクリームは、当時贅沢とはいえ、自然に近いもの。どれほど美味しいものだったのだろう。ただ、芥川龍之介が思い出すのは、甘い幸せだけではない。消したい事、忘れたい事の方が数多い。それは誰も皆、同じかもしれない。ずっとずっと、消せない、忘れられない。だからほんの少しでも甘い幸せを求めて、世の中を歩き回っているのだと思う。・・・・・もう少しで春。


「僕は今年の三月の半ばにまだ懐炉を入れたまま、久しぶりに妻と墓参りをした。・・・
僕は墓参りを好んではいない。若し忘れていられるとすれば、僕の両親や姉のことも忘れていたいと思っている。が、特にその日だけは肉体的に弱っていたせいか、春先の午後の日の光の中に黒ずんだ石塔を眺めながら、一体彼等三人の中では誰が幸福だったろうと考えたりした・・・・・。」

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