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「ジウ」 第3滴


どうやら話を聞いていると、メグミは故郷に帰る途中で歩き疲れてちょうど見つけたオアシスで休憩中のところだったらしい。

「ヒナタ......はどこに行きたいの?」

「私は雨の降る町に行きたいの。聞いた話だとこの辺にあるみたいで、どうしても見てみたいから1人で旅してる。」

「そっか。..........たぶんそれ僕の住んでた町のことだと思う。よかったら一緒に行く?」

「え!いいの!?」

「僕のこと信用出来なかったら断って大丈夫だから。」

「ううん、お願いします!」

正直、土地勘の無い場所で延々と広がる砂の上を1人で歩くのは心細かった。初対面の男の人に着いていくなんて不用心だってかあ様に叱られそうだったけれどメグミは不思議と大丈夫な気がした。
2人で歩き出すと私の歩調に合わせてゆっくり進んでくれる、そんな小さな所からも彼という人が現れてる。

メグミと歩いている間、たくさん話した。

私の故郷ではホリデーに腕いっぱいに抱えた果物を大きなお皿に盛り付けて家族皆で食べること。うちで買っている犬のチャチャが膝に乗るとくたっとした表情が可愛らしいこと。何百年も前から伝わっている歌があって、かあ様はばあ様から、私はかあ様から教えてもらったこと。本当にたくさん話した。

メグミは私が明るく話すと口許を緩めてふにゃっと笑ってくれる。私より全然年上のはずなのに、笑っている顔はまるで小さな男の子みたいだ。

お互いのことを話したり、たまにふざけあったり。
メグミと話している時は家族と話している時とはまた別の安心感がある。
家族で会話している時はキャンプファイヤーを囲うような楽しさがあるけれど、メグミは仄かに明るいランプのようで話していると空気が丸くなっていく気がする。
思わぬ出会いから始まった2人の旅は心底楽しかった。


ただ私がメグミの故郷のことを聞くとなにか言いたそうな不安を描いたような顔をして何度かはぐらかされた。特にオアシスや細い河川を通った時はメグミの表情が曇る。ずっとこんな調子だ。

砂の上をひたすら歩く。目印であるオアシスや河川をまた通り越していく。隣を歩くその人を疑う心が増していく。
視界に広がるはただただ砂。どこまで歩いても景色は変わってくれなかった。もうこれ以上拭いきれない違和感を抱えたまま歩きたくない。

「メグミ、ちょっと疲れちゃったから水飲んでもいいかな?」

「僕もちょっと疲れちゃった。1回休憩しよっか。」

砂の上に座って水筒から水を飲む。
喉を潤す液体が救いに感じられたし、湧いてしまった不信感からかほんのり苦い気もした。
水をゴクリと飲んで、一呼吸置く。乾いた唇を湿らせてから口を開いた。

「メグミ、何か私に隠してる事ない?」

「..................急にどうしたの。」

「たまにわざとはぐらかす時があるのわかってる。メグミのこと聞いた時とか。」

「はぐらかしてるつもりじゃなくて、あんまり自分のこと話すの得意じゃないんだ。ごめんね。」

「でも、いつも何か言いたそうにしてる。そういう時はほんとの気持ち隠してる気がするの。私はほんとに思ってることが聞きたい。」

メグミはこちらを向いたまま、やっぱり話したいような話したくないような、困ったような表情で申し訳なさそうにしていた。

「ずっと自分の気持ちを押し隠して............本当のメグミはどこに行っちゃうの?」

口から漏れた言葉。
気づくと 向かい合っていたメグミの目からは涙が流れていた。

その瞬間、私の頬にもぽたりと冷たい感触があった。空から糸のような雫が降ってくる。これはきっと、絵本で見て私がずっと望んでいたもの。


雨だ。

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