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episode.3:レディーキラー

店内はザワザワと賑わっている。さすが華金と呼ばれてる祝日前。早めに予約しておいて良かったと思う。

待ち合わせの10分前に着く。早めに席について彼を待つ。飲み放題は2時間1300円と貼り紙があらゆるところに張ってあるが今日は遠慮しておく。

普通だったら揃ってからオーダーを始めるのだけど、ザワつく心を落ち着かせたくてカルーアミルクを注文する。甘いお酒は美味しい。

それからほんとしばらくして、奥から彼がやってきた。早くない?って言うけど、君は5分遅れだよって言ってやりたい。

席について近くに居た店員さんに、生1つと注文する。まだ21歳なクセに慣れた格好がなんだか鼻につく。

「遥菜お久」
「うん、久しぶり」

彼の脇に置かれたビールを手に取り、乾杯と小声で合図する。乾杯。

「なに?カルーア?」
「うん、甘いのが好き」
「レディーキラーじゃん」
「……何それ」

ごくごくと、勢いよくビールを流し込む。ぱぁーっと笑う彼の顔はやっぱりあの時と変わらず無邪気だ。

「とりあえず適当に頼むな」

そう言って再び店員さんを呼び、おつまみをいくつか注文する。
枝豆、唐揚げ、串カツ……。

「それでさぁ、遥菜はどうして今日来てくれたの?」

届いた唐揚げをつまむ。どうして?
どうしてそんなことを聞くのだろうか。

「幸せなんじゃないの?今」
「そうかもしれないね」
「彼氏いないの?」

いる。毎日幸せだ。峻希は私をとても大事にしてくれる。1つ上の彼は大人びていて余裕もある。
連絡もしてくれるし定期的にプレゼントも送ってくれる。幸せじゃない、ワケが無い。
でも、ここで彼氏がいると言ってしまったら……。

「……いないよ、そう言う彰人は?」
「まぁー、ぼちぼち?」

何だそれ。また複数の女の子と遊んでいるのだろうか。

「そんな怖い顔するなって」
「どうして1年も私の事ブロックしておいて今更連絡してきたの?」
「どうしてブロックされたのに僕の連絡先残しておいたの?」
「……」

そう言うことでしょ?と言う彼は、生ビールとファジーネーブルを追加する。

「飲むでしょ?」

彼はお酒に強い、割には飲みすぎると酒癖が悪い。そんなことを思い出す。私よりも飲むペースは早く、介護だって何度もした。

「でさ、なんで残しておいたの?未練?」
「呼んだのは自分じゃない。たまたま、残しておいただけ」
「来ちゃったんだ」

ニマっと笑う彼は上機嫌だ。しかし、この質問から逃がそうとはしない。

「まあ、僕が遥菜を呼んだ理由は特にないけど。そう言えば前に奢って貰った分返してないなあ、って思い出して」
「恩を残したくないのね」
「そう言う事だよ」

はい、とこちらにファジーネーブル渡す。彼といた時良く飲んでいたカクテル。

「忘れてたからね、精算しに来た」
「急に消えたのは、どうして?」
「別に?付き合ってないじゃん僕たち。だから彼女作るには一旦整理しないとって」

淡々と話す彼の表情は変わらない。何を考えているのか本心は分からない。もしかしたら、私の表情を汲み取っているのかもしれない。必死で、惨めだ。

「そう」
「でも、遥菜が来てくれて嬉しいよ。こうしてバカやって喋れる異性あの時もお前しかいなかった。一緒にお酒飲むの好きだったんだよ」

それじゃどうして私を彼女にしなかったのだろう。彰人が消えたあの日から、毎日毎日考えていた。彰人の事忘れた日なんか一度もなかった。

連絡が途絶えて、自分の行き場のない感情をSNSにぶつけた。今でも見返して、苦しくなる。

そんな夜を何度も越して、峻希の優しさに罪悪感を抱いて、また泣いた。

その間に彼は彼女を作るために、何度も可愛い女の子を相手していたのだと想像するといてもたってもいられなかった。

それなのに、のうのうと現れて……

私は、許せない。

だから駆け引きさせてもらう

「ねえ、この後は時間ある…?」

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