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【日記】自分のために傘を差す

ある日、5〜6人で屋外にいると、急に雨が降ってきた。

その時傘をカバンに入れていたのは私だけで、何人かは車から取ってきますねと席(外なので席も何もないが)を外した。その間に私は、母から貰ったはずの折りたたみ傘を取り出した。

一応一番年下のような、後輩のような気がしていたので、なんとなくこの中で一番上の人の頭の上に傘を持っていく。

「ああ、いいよ気にしないで」

そう言って遠慮された。いやいやどうぞ、などとやりとりしている間に、車から傘を持ってきた人が帰ってきた。2本しかなかったらしく、結局その場にいる半数が雨に濡れたままだった。

私は傘を持っていない人に、自分の傘を差し出してみた。結局みんな、いやいや自分は大丈夫ですと言う姿勢で、本当に一瞬なんだけど、傘を持った手を目の前に突き出していたせいで、私の持った傘の下に誰もいない時があった。

その刹那にも近い時間で、自分が差し出した傘が自分の善意そのものに見えてしまって、なぜか少し傷付いた。自分が勝手に提供した善意を誰も受け取らなかったので、勝手にしょんぼりしている。

仕方なく、私は自分の頭上に傘を差した。

自分の傘は自分の頭上に差せばいい。そう、そうだよな。そうなんだよなあと、脳内の自分がしんみり頷く。

簡単なようで、私にはそれがなかなかできない。

たまに「優しいですね」と褒められているのかけなされているのか分からない言葉を掛けられるのだけど、自分ではそんな事ない、とずっと思っている。

ただ面倒なだけだ。あとで現れる、「雨の中、自分だけが傘を差していた」という事実がどうなってしまうのか分からない、それがただ面倒なだけ。長いのか短いのか分からない有限な人生の中で、そういうシチュエーションが多すぎた。

大体、難しすぎる。

いい、といった癖に、「あの時自分だけ傘を差したでしょ?」と言われすぎてきた、気がする。
今こうして文字を並べている間だけでも、高校の時入部していた吹奏楽部の時のトラウマとかが、ぬかるんだ土から引っこ抜いた雑草みたいに、根本ごと蘇ってくる。それすらめんどくさい。あーあー、と発声しながら、耳に手を当てていたい。外界との関係を遮断したい。ずっと犬のしっとりした鼻だけを眺め続ける仕事に就きたい。

だから私は、結局、また同じことが起こったら同じように、傘を他の人に差し出してしまうんだろうと思う。あーあ。

傘を差すって、難しい。

おわり

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