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うつしおみ

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真実を求めてこの世界を旅する魂の物語。
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2023年6月の記事一覧

うつしおみ 第35話 忘却の翼

世界は今日も夜が明けるが、 魂はいまだに何をすればいいか分からない。 朝の清々しい空気を大きく吸うが、 どこに行けばいいか分からない。 太陽は天空を目指すというのに、 自分がどこにいるのかも分からない。 鳥たちは森の中で楽しげにさえずるが、 いったい何を話せばいいのか分からない。 ここで生きていることは知っているが、 他に確かなことなど何もないのだ。 ここから消えてしまえばいいのかと思うが、 消えることは許されていない。 思い出したように胸の奥にある痛みを感じて、

うつしおみ 第34話 世界の夜明け

魂たちは乾いた砂に埋もれたこの世界を、 美しい楽園に変えようとする。 そうして世界を変えれば、 暖かい自分の居場所で安らげると思うのだ。 それは苦い失敗を重ねながら、 太陽が何度も空を巡るよう続けられる。 だが、そんな魂たちの試みをよそに、 世界は確実に何処かへと向かっている。 目的地は地平線の向こうに隠れて見えないが、 世界には分かっている。 疲れた魂たちの恨み節が空に響くが、 それでもこの砂漠での旅は終わらない。 世界は痩せて傷ついた魂たちに、 あの真実の夜明

うつしおみ 第33話 魂の願い

世界は青白く痩せた魂に何でも願いを叶えようと、 優しい言葉で手を差し伸べる。 魂は救済だと思ってその手を握るが、 冷たく乾いた木の感触に疑いを持つ。 だが、他に頼るべきものもなく、 そこで日に焼けた本のような匂いに包まれるのだ。 すでに古い友たちはこの世界を去り、 自分だけが茫漠たる大地にひとり取り残されている。 自分の願いとは何かを思い出そうとするが、 世界が与える仕事で手一杯になっている。 世界は素知らぬ振りで魂を忙殺させ、 大切なことを考える時を与えようとしな

うつしおみ 第32話 太陽の詩

太陽がいつ生まれたのか知らないが、 空を見上げたときに、それはあった。 その光は大地を遍く照らし、 厚い雲に覆われていても、その向こうで輝いている。 人の目が向いていないときでも、 その存在を忘れていたとしても、それはある。 いつも空にいて休むことも眠ることもなく、 それでいて何かを要求することもない。 その光に何かの意図や計画があるわけでもなく、 善悪や感情すらもない。 誰かが太陽を神と呼んで崇めたが、 太陽が私は神だと言ったわけではない。 暗闇を切り裂く光は力

うつしおみ 第31話 冬を歩む

凍てつく冬の日は、 風に晒された身体が透明な塊になろうとする。 わずかに舞う雪に気づいて空を見上げ、 灰色のぼやけた雲に目を凝らす。 吐き出す白い息は強く生きていこうと誘うが、 実のところ、魂は歩くことさえ精一杯だ。 世界はいつも魂を痛めつけようとし、 ときには陽だまりのように優しく抱きしめもする。 気まぐれな世界のご機嫌を取ることに疲れ、 祈りの言葉も枯木にまとう霜と固まる。 何もかもが凍りついて動かなくなれば、 湿った憂いが心を蝕むこともなくなるのか。 そこで

うつしおみ 第30話 陽炎の日々

どれだけ目をそらしていても、 真実が魂のそばから離れることはない。 魂は見たいものを見るのだが、 それは夏の日の陽炎のように揺らめいている。 たとえそれが陽炎であっても、 魂にとっては乾いた心を潤す甘美な水なのだ。 誰もがそれを手にして祝杯をあげるが、 現実は砕けた砂が手からこぼれ落ちていくだけ。 魂が世界で手に入れられるものなどなく、 ただその流転を必死に泳いでいるだけなのだ。 それでも飽きずに手を伸ばし続けるのは、 そうしないと自分を失う気がするから。 そんな