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うつしおみ

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真実を求めてこの世界を旅する魂の物語。
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2022年12月の記事一覧

うつしおみ 第3話 老木の最期

夏の日差しに疲れた老木にとって、 初秋の風は生命を蘇らせてくれる魔法の水のようだった。 ただ、すでに何千回という夏を過ごしてきた老木は、 その壮麗な姿に隠された深い傷みを抱えていた。 もうそろそろ倒れてもいいかと思うが、 たくさんの小さな生き物たちが老木を住処にしていた。 夜の森の満ちる静けさの中、小さき者たちが眠りにつくのを見て、 老木はまだ倒れるわけにはいかない気持ちになった。 晩秋の気配が大地に舞い降りるころ、 大嵐が激しい風雨を引き連れて森を駆け抜けていった。

うつしおみ 第2話 夏の静けさ

人影まばらな公園の夏の日の午後は、 静けさが蝉の声を飲み込んでいく。 ひとり歩けば道は枝分かれして、 そのたび私は思うままにどちらかへ足を運ぶ。 どこに行くのか分かっているわけではなく、 それでも私は歩くことを止められない。 そうして私は何度も何処かに行き着いて、 またそこから道を歩き始めるのだ。 歩くことに疲れ果て芝生に寝転び空を見上げれば、 白い雲が悠々と流れて私を追い越していく。 結局、正しい道などないことを知って、 私は戸惑いとその自由さにもがいて空をつかも

うつしおみ 第1話 忘却の花

忘却の花は世界に美しく咲き、 真実の根は地中で沈黙する。 世界は美しい花で描かれ、 色褪せても、また色彩が重ね塗られる。 そんな寄せ返す色彩の波に晒されながら、 忘却の花は夢の底に沈んでいく。 その花は色彩の喪失に抗って、 夢の底深く扉を固く閉ざす。 だが、時の河が扉ごとその色彩を飲み込めば、 花は黒く枯れ果てて真実の根に眠る。 忘却の花が夢の底で絶えても、 真実の根が消え去ることはない。 その根が大地にある限り、 花が自分を失うことはないのだ。 忘却の花が自ら