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暮れ泥む

 パタポトポトパタ…。急に降り出した雨がやけに大きく聞こえて、窓を閉め忘れた事に気づいた。今日が休みのせいもあって、畳の上にねっ転がっている体はいつもよりも重くて、手を窓の方にいっぱいに伸ばそうにもあと少しで届かず、諦めて重い体を起き上がらせる。四つん這いになってご丁寧に鍵まで閉めると、ハイハイ歩きでさっきまで座っていた緑色のクッションの乗っかる椅子にどかんと座った。
「ギャッッ」
誤って尻尾の先を下敷きにしてしまって、今年で歳を越されてしまう猫に怒られた。腕に軽く引っ掻き傷ができて、今日は嫌な日に認定されてしまった。シュタッと後ろにある小さな本棚の上に飛ぶと、爪を研ぎ始める。子猫の頃は可愛かったのにと顔を歪ませて睨む。それでも気にせずに爪を舐め、ある程度したらまた少し高い冷凍庫の上に飛んでいった。その反動で落ちてきた一冊の本が頭にチョップをかまして来る。痛いなぁと思いながら後ろに落ちた大きなアルバムを拾った。それは小学校の頃のアルバムで、人生で1番友達が多かったような思い出がある。なんとなくでめくっていくと、似合わないショートカットに、下手くそに笑う自分がいた。自分の顔の上をスー、となぞると、何故か笑いが込み上げてきてふふっと声がでた。 
ー誰にも嫌われたくないー
 小学校の頃の私は、常にそう思っていた。今思えば人が何百といる中で、誰にも嫌われないなんて不可能なことだけど。
 今の自分はどうだろうと思った。自分の意思ではない会社になんとなく入り、なんとなく過ごして、後輩からまだ結婚してないんですか?と嫌味を言われた。全然変わってないやと思う。きっと過去の私がみたらがっかりだろう。
(今からでも本当の自分を出してみたらいいんじゃない?大丈夫、私は嫌わないから。)
そう自分に言い聞かせた。顔を隠してた人差し指を退けると、嬉しそうに笑う私がいた。
 頑張って立ち上がると、リビングに行って無造作に置かれてあったスマホを手にとった。
電話帳の名前のところをスクロールして、見覚えのあるしばらくかけてない番号をタップした。10秒程音楽が流れて、その人はすぐに出た。
「もしもし?あんちゃん?同窓会ぶりじゃんどうしたの?」
前よりは少しだけ大人びたその声に自然と笑顔になれた。
「もしもし、あのね…」
前までは声すら出さなかった自分が、動いてる、生きてるような気がした。まずは初めの一歩から。まだ暑い夏の暮れ泥む時、心が少し晴れた気がした。

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