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青春大通りを歩いた【08/01(木) 日記】

 絵の中の青春真っ只中を再現したような、そんな日。

 夏休みなのに学校に行く理由。
 補講、部活、それから文化祭の準備。
 わたしは文化祭の準備において、クラスの中でそれなりに重要な役割を担っている。本当は責任ある仕事など大の苦手で、それを避けるがために選んだ役割が、実は責任重大だった、という事の運びがあった。
 とにもかくにも、嘆きたくても喚きたくても、それなりに責任のある仕事。もちろん、それなりにやらかしたけれど、やさしいやさしいみんなのおかげで、なんとか成り立っていた。
 けれど、今日はだめだったと思う。ひとりじゃ無理だった。
 明らかに担当外の仕事が積まれていたこの頃。それでも我慢できていたものが、なにもしていない、むしろ勝手なことばかりしてくれる人達のこれまた勝手な行動で、全部弾けてしまった。
 予定は崩れ、せっかく集まってくれたクラスメイトに解散を告げ、それでも笑顔で流してくれた彼ら彼女らのやさしさが痛かった。
 今日までに用意できていたはずのものが、用意されていなかった。これが予定が狂ったことの大きな原因だ。用意を担当していた人は別の人に責任を押し付け、さらにその人は元々の人に責任を押し付け返した。結局、みにくいものを見ただけで、何の生産性もなかった。
 最初に責任を押し付けられた人は、すべてにおいての責任者だった。責任をそれなりに感じていたらしく、明日までに必ず用意しなければならない(本当は今日までに用意しておいてほしかった)それを見つけるために、ネットをフル活用した。けれど、あからさまに不機嫌な顔、一分に一回レベルで聞こえてくる愚痴。気が付けば、画面の中にはゲームの広告があった。わたしは、さすがに許せないと思ってしまった。責任を押し付けられた、と書いたけれど、実際彼は責任を己から引き受けていて、なのに責務を全うせず、挙句の果てには遅刻をしてくれた。
 ああ、さすがに無理だと思った。
 ネットをフル活用しても、結局は通販サイトへ誘導され、それでは明日までの調達が不可能になる。
 買いに行こう。そう言ったのはずっと事の成り行きを見守っていた女の子だった。
 それか売ってる古着屋を探そう。そっちの方が早いよ。
 予定通りの行動が不可能になったとわたしが告げた時、彼女だけが不可解な顔をした。彼女だけがはっきりと行く末を憂いてくれていた。
 わたしは本当は行きたくなかった。部活に行きたかったのだ。でも彼女も同じで、本来は別の予定が入っていた。
 それなのに、声を上げてくれた。
 互いに、相手を一人で行かせるのは違うと思っていた。だから、二人で行くことにした。そう決めた途端、責任者の彼は解放されたような顔をして、どこかへ行ってしまった。
 まずは学校近くの古着屋。電車に乗るなら定期圏内で済ませたいという彼女の意向を尊重し、わたし達は暑すぎる空の下を歩いていた。けれどようやく辿り着いた一軒目は、なんとなく胡散臭い婦人服中心のお店だったので、入ることすらしなかった。
 そこまで固い決意を抱いて出発したわけではないわたし達は、なんとなくそこで心にひびが入った。歩くのやめよう、とどちらからともなく言った。
 電車に乗り、定期圏内の大きな街へ向かった。
 大きい街にはなんでもある、と彼女が言ったからだ。言葉通り、古着屋はいくつもヒットした。けれど、行く先にはヴィンテージものを取り揃えたセレクトショップばかり。
 栄えている街に、わたし達が望む値段の衣服などないのだとなんとなく思った。彼女は、ここのターゲット層は金持ちだと笑っていた。
 そう、彼女はずっと笑っていた。歩くのに疲れても、リュックの紐が肩に食い込んでも、電車で座れなくても、基本的に笑顔でいてくれた。本当にわたしはその笑顔に救われて、ずっと胸にあったモヤモヤが消えて、一緒に笑ってしまうくらいにはスッキリしていた。
 次に彼女が挙げた街は、わたしが行ったことのない有名な街だった。韓国色強めのその街は、焼肉屋と服屋と美容系のお店しかなかった。
 そこでいくつものお店を回った。裏路地に行くのは、わたしが怖がったり彼女が足を止めたりして、行かなかった。けれど、それで正解だと思う。わたしの「怖いという直感は信じた方がいい」という名言が生まれた原因でもある。
 一つのお店に入って以降、他のお店はジロジロと眺めるだけで歩き続けた。変な女子高生二人組がいる、と不審がられたかもしれない。
 ずっとずっと歩いて、二人の間の笑顔も言葉数も少なくなって、時間だけが経っていって、蓄積した疲労が限界を迎えそうになったとき、彼女が言った。
「期待したくなかったら言わなかったんだけど、さっきのお店にもう一回行ってみない?」
 さっきのお店、がどのお店を指すのか分からないほど、わたし達はたくさんのお店を回っていた。
 さっきのってどこ?と聞く力すらなく、ただ頷いた。二人Uターンをして、先程まで歩いた道をもう一度進んだ。店の前で仁王立ちをする店員さんが、怪訝そうな顔でわたし達を見ていた。
 彼女が言った、さっきのお店は、この街に辿り着いて最初に入ったお店だった。縦に細長いお店で、先程入ったときには別のお客さんがいて、わたし達三人だけで窮屈に感じるような、狭いお店だった。
 そのお客さんは同じところでまだ服選びに集中していて、戻ってきたわたし達に一瞥をくれた後、レジへと向かっていった。
 その数秒後、わたし達は叫び声をあげた。あったのだ、そのお客さんがずっと立っていたところに、店の一番奥の細い細いスペースに。わたし達が望んでやまなかったものがあった。
 胸が爆発してしまいそうなほどに踊って、周りの迷惑も気にせず叫んで、彼女と手を取った。
 その時のわたし達は、華の女子高生なんて言葉が似合わないくらいに汗に濡れていて、疲労が隠しきれていなかった。けれど、きっとわたし達はあの時間同じ感情を共有して、自分ではない誰かのために頑張って歩き続けた。
 興奮は冷めないまま、わたし達は帰路へついた。アイスを食べようとわたしが言って、彼女は賛同した。おしゃれなお店に行くこともできたけれど、わたし達は駅の中の自動販売機を選んだ。一番高くて二百円。二人別の味を買って、分け合うことはしなかったけれど、お互い味わって食べた。彼女がストーリーにわざとらしく上げてみたらよかったね、と言った。わたしが二人だけの思い出にしたいと言った。二人で笑った。わたしが味わうアイスを、実は、彼女はご馳走しようとしてくれていた。
「何も悪くないあんたにキレた上にめっちゃ振り回しちゃった、ごめん」
 彼女は、ずっと教室での出来事を気にかけてくれていた。わたしは即座に首を振って、二百円を渡した。
「いつか喧嘩したとき、あのときの二百円って言われたくないし、むしろ何の責任も負わなくていいのについてきてくれてありがとう、こっちこそごめんね」
 友情が深まった瞬間だと、そのとき深く実感した。わたしはこの瞬間のことを忘れない。忘れられない。
 彼女は「あんた、わたしと喧嘩する前提なの?」とまた笑った。
 本当にしんどかったけれど、本当に楽しかった一日だった。
 荷物は重いし、汗が止まらないし、肩は痛いし、足もパンパンだった。
 けれど、楽しかった。わたし達はほとんど笑っていた。知らない人にアンニョンと声をかけられたり、客層に合わないわたし達に怪訝そうな目を向ける店員さんがいたり、滅多に乗らない私鉄に乗ってみたり、本屋さんに行きたいと二人して駄々をこねて二人して自制してみたり、二人でふざけ合ってみたり笑ってみたり。
 たぶん、わたしはこの日のことを忘れられないと思う。

 喉元過ぎれば熱さ忘れる、とやらだよ。
 彼女より。

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