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ヘタレ師範 第18話 「最初の一撃」

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15分後

テッキが噛み付く
「そんなハズあるか!
ババア、あのとき、俺の回し蹴り喰らってぶっ倒れたじゃねえか?
そこのジジイはアワ吹いてただろうが?」

ミヒと目が合い、明らかにトーンダウンするテッキ。
「そ、その、浴衣(ミヒのこと)だってジオンにボロボロにされてただろ?
あの夜はよ、誰が見たって俺たちが勝ってたはずだ」

ジオンをのぞいた6人、五郎、ミヒ、テッキ、ガンカク、ミヤギ、オバさんが車座に座っていた。
ジオンはというと、道場の片端で壁に向かって、スポーツバッグを枕にふて寝していた。
そのスポーツバックは彼女自身が持って来たのだろう、彼女のコスチュームと同じく真っ赤だった。

オバサンが、テッキとガンカクに
「・・・それが一番の誤解なんだよ。勝ったと思っているのはあんた達とあそこの姉ちゃん(ジオン)だけなんだから」
テッキ「何言いやがる?二度目の今夜はともかく、最初の勝ちは絶対にゆずらねえ」

ミヤギがあきらめたように、ため息をついた。
「あのさ、空手には、寸止めとフルコンってあるだろ?」
テッキ「常識だろそんなこと。だから何だよ?」
ミヒ「最初のとき、私たち寸止めで戦ってたネ」

ガンカク「寸止めで戦う? 道場破りの俺たち相手に寸止め?」

ジオン「(寸止め?そう言えば・・・)」
彼女はふて寝をしていながら、実は耳をそばだてていた。

彼女はミヒとの戦いを思い出した。スキをついたミヒの貫手が自分の眼球を突き抜けんばかりににせまっていたことを。

オバサンがそんなジオンの思いを見通しているかのように
「でも当たらなかったよねえ、ミヒちゃんが寸止めに止めてくれたから。もし当ってたら」
オバサンは、ふて寝しているジオンをチラっと見やって
「あの娘(コ)の目ん玉どうなっていたかねえ?」

その瞬間、ジオンの身体がビクッと反応した。あのときの戦いを思い出した。そして恐怖を覚えたのだ。
オバサンはニヤリと。
「あら、起きてたのかい?」
ジオンは慌てて咳払いをして自分の恐怖をごまかした。

ジオンは聞きながらこう考えていた。
「(もしそうなっていたら、私は韓国女をボコボコになんて、とてもじゃないが、できなかった・・・私は最初から負けていたの?)」

ミヤギ「寸止めとフルコン、どっちが強いか?なんてオタク議論があるけどさ。
「最初の一撃」、俺たちみんな決めてたんだぜ。あくまで寸止めで、だけどよ」
ガンカク「何だ?『最初の一撃』って?」

ジオン「(最初の一撃?そう言えば・・・)」
ミヒの貫手も考えてみれば『最初の一撃』だった。
それだけじゃない。あのときオバサンだって、テッキから回し蹴りを受ける直前に「最初の一撃」で右脇腹にストレートパンチ(直突き)を決めていたのだ。やはり寸止めで。

ジオンは、オバさんのストレートパンチに気づいてはいたが、間合いが遠すぎて、ガンカクの脇腹に届かなかったんだろう、程度にしか考えていなかった。

当事者のテッキは、そんなことに気づかないままオバサンを蹴り倒してしまったのだ。

しかし二度目の戦いのときにオバサンは、掌底突きとはいえフルコンで攻撃した。
そのため、今度は「最初の一撃」をテッキは避けることができず、悶絶することになったというわけだ。

ミヤギがガンカクに

「歌舞伎だってそうだよ。さっきミヒがお前さんを血まみれにした『飛びヒザ蹴り 』な、アレだって俺も最初にやって見せてたんだぜ」

テッキ「嘘つけ!てめえみたいなジジイがあんなジャンプ出来っかよ」

ミヒが手をヒラヒラと振りながら。
「そんなことナイナイ。あの技、誰にでも使える。だって、平安五段に普通にあるネ」

テッキと ガンカク「平安五段?」

オバさん「空手の形(型)だよ。空手入門者が最初に習うだろ?  初段から五段まであってさ」
ミヤギ「その五段にあるんだよなぁ、飛び上がンのがよ」

たしかに、平安五段の形の中には、上段上げ突きを放った直後、反転跳躍し、着地と同時に下段十字受けを決める動きがある。

ミヒ「ガンちゃんの最初の・・・」
ガンカクが怒った。
「気安く呼ぶな!ガンちゃん?  」

テッキが吹き出した。
テッキ「ヒヒヒ、ガンちゃん?いや、とても似合ってるじゃん。それに女の子に『 ガンちゃーん 』なんて可愛い声で呼ばれたら、男なら誰だって嬉しいだろう?ねえガンちやーん?」

ガンカク「テツ、貴様ー!」
ガンカクがテッキに掴みかかろうとしたとき。
オバさんが
「やめときなつて。いくら暴れたって、照れ隠しなのはバレバレだよ」

歌舞伎メイクに隠れて、ガンカクの表情は分かりにくい。それでも。
「あんた、顔は厚化粧だけどさ。そこんとこノーメイクだからさ」

ミヒが吹き出す。
「はは、そうか、そうだよね。ガンちゃん、そんなに恥ずかしかったんだ。ガンちゃんの耳、ほんと、キムチのキャベツみたくなつてる」

ガンカク「やかましい!何がキムチのキャベツだ。てめえらいい加減にしないと絞め殺すぞ!」
ミヒがふざけて。
「キャー!ガンちゃん止めてー」

車座の全員が、こらえきれずに腹を抱えて笑い出した。
ガンカクは赤くなったはずのメイク顔に汗までにじんでいた。
「ふざけんな、人をコケにしやがって」

ふて寝しているはずのジオンの背中が小刻みに震えていた。笑いをこらえているのだろう。

ミヒ「何?ガンちゃん負けたクセ、上カラ目セン・・・?」
ガンカク「一度ぐらい勝ったからって威張るんじゃねえ。前の試合と合わせれば一勝一敗、イーブンじゃねえか」

ミヒ「この間の最初の試合ネ、ガンちゃんがタックル仕掛けて突っ込んだとき、ミヤギのオジさん五段のジャンプしてたよ。
そのあとオジさん、平安4段のヒザ蹴り、ガンちゃんの顔面に飛ばしたんだよ。寸止めだからガンちゃん気づかないまま、かまわずオジさんシメて、気絶させちゃったけど」

ガンカク「バカ言うな、こんな年寄りがあんなに飛び上がれるわけないだろうが」
「飛び上がってないよ。ワタシもミヤギのオジちゃんも」
「浴衣(ミヒのこと)も飛んでない?なわけ?」
「だってあのとき、ガンちゃんがワタシを持ち上げただけだよ。首根っこに軽く下段十字受け当てたら、ガンちゃんビックリして自分の上半身起こしたでしょ?そのとき、ワタシの身体も一緒に持ち上げられたってわけ」

そんな器用なこと出来るワケないだろうが?」
「でもワタシ、やって見せた。あれオジさんと同じワザ。ただ寸止めじゃなかっただけ」

ガンカクは青くなった。そして頭をかかえてうなだれた。
「チクシヨウ、俺はジオンと浴衣に、女に2回も負けた。情けねえ!」

ミヒが怒って見せた。
ミヒ「女に負けて恥ずかしい? それ、セクハラ発言ダヨ」
オバサン「赦してやんな。男ってのは、女に、永遠のコンプレックスってのを持ってんだよ」
テッキ「おい、それだってセクハラ発言じゃないか」

ドスン!ガチャン!

誰かがクサリで吊るしてあるサンドバッグを力まかせに蹴った。
ガンカク「ジオン?」

いつの間にか起き上がっていたジオンは何度も何度もサンドバックを蹴った。
みんな呆気にとられてジオンに視線を集中した。

ジオン「誰に習ったんだよ?」
ミヤギ「え?」

ジオン「最初の一撃だとか、形でガンカクを倒すワザとか、そんなのどこの誰が教えたんだよ?」

ジオンは振り向いでそう怒鳴った。



第19話「グローブ恐怖症」へつづく


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