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文字だけの、見えない君を探してる。 第八夜 悶絶案件

金曜日、かなえは、それでもあの店へと向かっていた。
しばらく歩いていると、一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『おあいそ』とある。
奇妙な寿司屋は、今日も同じ場所に存在していた。
かなえは、店の戸を開けた。

数人の男性客が黙々と回転寿司を食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
奥では店主らしき人物が寿司を握っている手が見える。
かなえは、あいているカウンター席に座った。

回転レーンに乗った寿司が目の前を通過していく。
かなえは流れてきた寿司が喉を通らなかった。
そして、ある一皿をずっと待っている。
しばらくすると、回転する寿司レーンの中に一冊のノートとボールペンが乗った皿が現れた。
やがてそれは、かなえのもとへと回ってくる。
そこには、『書いたらお戻しください』とあった。
かなえは動いているレーンから、ノートとボールペンを手に取った。
緊張が走る。先週白紙だったノートを目の前にし、指が震えた。
かなえは、恐る恐るノートを開く。
そこには、“鋤柄直樹(仮)”からの続きの“文字”が書かれていた。

『かなえさんへの質問を考えていたら、時間がかかってしまいました。』

「鋤柄さん!!!」

かなえは思わず立ち上がり、声をあげた。
そして、我に返り、辺りをきょろきょろして静かに座った。
周囲は黙々と寿司を食べている。かなえのリアクションにも無反応だった。

鋤柄さーーーん!!
なんと、わたしの名前を呼んでくれた!!
もうこれは、悶絶案件である。
鋤柄さん、ずっと、わたしへの質問を一生懸命考えてくれてたんだ!!
マジ、尊ーい!!!
そして、疑ったわたしの大馬鹿野郎ーーー!!!

え?でも、待って……
結局、わたしへの質問は??

ノートをいくらめくっても、肝心な“かなえへの質問”は書かれていなかった。

書いてないじゃん!!!
結局書き忘れたの?それともまだ考え中!?
でも、いっか。
わたしのことを、ずっと考えてくれてたんだもん!!!


流れてきた寿司が、突然喉を通るようになった。
嬉しくて何皿も甘エビを食べた。
味覚よりも嬉しさが増して、どうやら味が分からない気がした。
それでも満足だった。

ノートにある“鋤柄直樹(仮)”の“文字”に返信でもするように、かなえは続きを書いた。

『わたしに興味ないのかと思いました(笑)。人間はいつか死んで消えてしまうのに、今甘エビを食べています。人間は頭がおかしいと思いますか?』

かなえはノートを閉じると、回転するレーンにノートとボールペンを戻した。
甘エビに続き、アナゴを食べることにした。

突然、店の戸が開く音がした。

まさか、鋤柄さん!?

かなえは慌てて戸の方を振り返った。
しかし、現れたのは小鯖だった。
小鯖は、かなえを見つけると当たり前のように隣に座った。

「あれ?今日はなんだかご機嫌ですね?わさびなすじゃないし。おっ、アナゴですか?」

「美味しい食べ物は、全て茶色なんですよ」

「かなえさんって、やっぱり面白い人ですね」

やっぱりって、なんだよ!

かなえは、アナゴを口に運ぶ。

味覚よりも嬉しさが増して、どうやら味が分からない気がした。
それでも満足だった。
鯖男が横で何かを言っている気がするが、今日はさほど気にならない。

わたしは、やはりお金で幸せを買っている。
ラーメン屋『ことだま』に異常に通っていた、あの頃と何も変わっていない。
全ては、いつか鋤柄さんに出逢うため……
人間はやっぱり、頭がおかしいのかもしれない。
怪人の言う通りだ。

わたしが迷うことなくお金を支払えるものは、間違いなく時間である。
きっとお寿司ではなく、わたしはこの時間にお金を支払っている。
どうせ死ぬのにだ。
どうせ死ぬなら、全ていらないことになってしまう。
でも、どうせ死ぬとしても、この時間は無駄じゃない気がした。
とは言え、わたしは、人生のもとをとれているのだろうか?

鋤柄さんは、今どうしているのだろう。
まさか、今この店内にいたりして。
え?待って!
なら、もし、これを鋤柄さんがどこかから見ていたら……どう思うの!?
この横にいる鯖男!!
めちゃくちゃ、邪魔じゃん!!
こいつ、なんだと思われるの!?

急激に鯖男が邪魔になった。
割とイケメンかもしれないのに。

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