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私の人生を変えた本——小説編

大人になった今でも、忘れられない夜がある。

まだ小さかった頃、布団の中で寝たふりをしながら、朝までページをめくった夜。

始めて一つのことにのめり込んだ夜。


そんな夜の話を、少し聞いてほしい。


◆◆◆


小学生の頃、私は一冊の本に出会った。

宮部みゆきさんの『ブレイブストーリー』だ。


小学生のワタルが異世界に冒険に出かける——そんなストーリーだった。


映画化もされた作品で、そのころ話題になっていたものだ。

家の近くの本屋さんで、私はその本に出会った。


第一印象は、「こんなの一生読み終わらない」だった。


上・中・下の3巻セット。おまけに1冊500ページ近くもある。

小学生にとっては、まさに天文学的な量だ。


その頃の私は、周りの友達と比べると本を読むほうだった。

とはいえ、小学生の読書量なんて、たかがしれている。

読みたいな、とは思ったが、同時に読めないな、とも思った。


本屋さんでの出来事。結局、私はその本を買っていた。


『ブレイブストーリー』——直訳すれば「勇気の物語」だ。

主人公・ワタルは、理不尽な現実を変えるために、異世界・ヴィジョンに旅に出る。

RPGをこよなく愛していた私にとって、まさにワクワクするストーリーだ。カッコイイ魔法や強い敵キャラなど、小学生が好きそうな設定も目白押し。


でも、私はそれ以上に、主人公のワタルに目を奪われていた。


彼はどちらかといえば引っ込み思案で、とても勇敢とはいえない存在だ。

そんな彼が、どうにかこうにか異世界で旅を進めていく。


一人では難しい壁も、仲間を作ることで乗り越えていく。

時に不器用に、時に非効率に、彼は歩みを進める。


そんなワタルの姿を、同じ小学生だった自分に重ねていた。


本屋さんでの第一印象の通り、読んでも読んでも本は読み終わらなかった。

1冊500ページもある本を読み進めること自体が、まさに冒険だった。


でも、その冒険は苦痛じゃなかった。

むしろ、ワタルが異世界を一歩一歩進んでいくように、私も現実世界で1ページ1ページと手を進めていったのだ。


いつしか、私はヴィジョンの世界の中に入っていた。

そして、ヴィジョンから抜け出せなくなっていた。


小学校にも本を持っていき、昼休みに読み進めた。

先生に見つからないように、こっそり授業中も読んでいた。


そして家に帰り、夕ご飯を食べて、お風呂に入ったら、そこから後は自分だけの冒険タイムだったのだ。

布団に入り、またページを進める。


「もう寝なさい」と、1階から声が聞こえる。

「はあい」と言って、私は部屋の電気を消した。


でもこっそり懐中電灯を布団に持ち込んでいたのだ。

キャンプに来ているみたいで、なんだかワクワクした。

布団の暗がりと、ほのかな灯が、現実と異世界の境を曖昧にした。


そうして私は、ワタルと一緒にヴィジョンを冒険した。

あと10ページ、あと次の章まできたらもう寝よう。

そうこうしているうちに、目が冴えてきてしまって、全然眠れなかった。


「この本は夜に読みたい」——そう思ったことを覚えている。


「本にはそれに似合う時間がある」——そう気付いたのもこの時だ。

朝ドラと夕ドラみたいに、朝本、夕本がある。そんなことを思ったのだ。


そして、気がつけば——


「良い子」が起きていてはいけない時間になっていた。

でも、一歩「勇者」に近づけた気がした。


◆◆◆


『ブレイブストーリー』は、今でも本棚に、大切にしまってある。

一度、大学生になってすぐ、映画版をレンタルして見る機会があった。


友人を横にして、私は夜の部屋でワンワン泣いた。

「そんなに感動したか?」と友人は鼻で笑った。

——そんなに感動したんだ。そんなに感動したんだよ。


映画それ自体も原作に忠実で面白かったが、むしろ私は映画自体ではなく、小学生の頃の思い出に涙を流したのだ。


大学生の私は、勇者になんてなれていなかった。

むしろ物語でいえば「友人A」のような存在だった。


「ワタルみたいになりたい」と思っていた小学生の私。

「ワタルみたいになれない」と悟っていた大学生の私。


そのどちらに対しても、私は涙が止まらなかった。

今でも『ブレイブストーリー』は、私の心の中の本棚に、大切にしまってある。


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