見出し画像

軍人と少女

『王家の森の近くで魔物が出没した』と報告があったのは数日前だ。師団長から「行って来い」と言われたのが昨日。本来ならもう少し下準備や調査などをするんだが出没した場所が場所だけに、すぐに動ける俺たち第三部隊が出ることになった。
「隊長、ハックルが魔狼を見つけたようだ」
「そうか……では、速やかに殲滅するように」
「りょーかいです」
 男はヘラリと笑い、周りに指示を出しつつ森の奥へと消えた。……アイツはいつもヘラヘラしているが仕事は出来る男だ、任せて問題ないだろう。
「(魔狼程度ならすぐに終わる――……なんだ?)」
 ハックルが向かったのとは別の方向から嫌な気配がした。……この感じ、魔物だな。しかも一体や二体ではない。かなりの群れのようだ。もしかしなくとも魔狼か? いくら群れで生活するヤツラだとは言え、これは少々多すぎる。
 俺は野営で残っている隊員に声をかけて直ぐに魔物の気配がした方へと走る。近づくにつれどんどん匂いが濃くなる。間違いない、魔狼だ。しかも普通より大きい個体が群れを率いているようだ、強い気配のヤツが一体群れの奥にいる。
「タイラー! 露払いは任せた」
「ハッ!」
 後ろから男が一人、前に出る。それと同時に森の奥から複数の狼が飛び出してきた。緑と灰のまだら模様の獣がタイミングをずらしてこちらに飛びかかってくる。タイラーが剣を振れば甲高い悲鳴を上げて魔物が軽く吹っ飛ぶ。やはりうちの隊の敵ではない。なおも襲いかかってくる狼たちを俺と残りの隊員で斬り伏せていく。
「Guaaaa……!」
「! 隊長!!」
「俺が行く、お前らは下がっていろ!」
 手下がやられたからか、奥でふんぞり返っていた大きいヤツが姿を表した。他のヤツはくすんだ色の毛だったが、大きなボス狼は綺麗な銀色だ。……上位種か。なんだって王城の近くに出てきたんだ。
 いや、考えるのは後だ。さっさと始末してしまおう。俺は目にも留まらぬ速さで左右にステップを踏みつつこちらに襲いかかろうとする狼の口めがけて自分の手を突っ込んだ。
「Gyaaaaaa!?」
「うるさいな、さっさと死ぬがよい」
 己の爪を伸ばし、狼の頭蓋を貫く。ビクビクと軽く痙攣した後、ついに銀の魔狼は倒れた。……上位種といっても生じたばかりだったのか、それほど手強い相手ではなかったのは不幸中の幸いか。これが年齢を重ねた上位種なら一個師団が必要になっただろう。流石にそれほどの人数はすぐに動かせないからな……。
「――――。」
「……ん」
 ふと、何か聞こえた気がして足を止める。気の所為だと思うが妙にきになる。耳を済ませて音を聞くことだけに集中する。
「――っ、……」
「聞こえた……こっちか!」
「!? た、隊長!!」
 後ろから呼び止める声が聞こえるが構っていられない。俺は魔狼がやってきた方向へ全力で走る。
 目的のものはすぐに見つかった。
「! 大丈夫か?」
 木の根元に小さな影が見えた。ボロボロの布を纏った子供のようだ。手足が骨と皮だけで軽く触っただけでへし折れてしまいそうなほど痩せている。こちらも王家の森にいるのは不自然だ。
「ほら、こちらへ」
「ひっ……!?」
 子供は小さく悲鳴を上げてうずくまってしまった。怖がらせてしまったか……。俺は軍人で体格も良いから威圧感があるんだろう。しかも『獣人』だ。俺はまだ人型に近いが耳や尻尾は生えているし、爪は鋭く尖っている。小さな子供が恐ろしいと思っても仕方がない。
「(こんなことならハックルを連れてくればよかったか……他の隊員も獣人がほとんどだからな)」
 子供にバレないように小さくため息をつく。俺の預かる第三部隊は獣人の隊員が主だ。人間のハックルはウチでは珍しい方だ。本人曰く「人間は『タメ口を使うな』だの『上官を敬え』だのうるさいからな。隊長はそんなこと気にしないだろう? だからここが良いんだよ」とのことだが、確かにウチは実力主義で力があれば別に何も言わないが……。まぁ、いない人間のことはいい。
 俺は出来るだけ子供を怖がらせないよう小さくしゃがみ、ゆっくりと手を差し伸べた。
「もう大丈夫だ、危険なものはない。私は君を助けたいんだ」
「……た、すけ……に……?」
 子供は伏せていた顔を上げ、俺の顔と手を何度も見て……そして恐る恐る俺の手を握った。小さく細い、頼りない手だった。
「ありがとう……」
 俺はゆっくりと子供――おそらく少年だろう――を抱きかかえ、出来るだけ怖がらせないよう優しく背中を撫でる。少年は俺の服をつかんで胸に顔を埋めている。余程怖い思いをしたのだろう。もしかするとあの魔狼たちはこの少年を追いかけて王家の森まで入り込んだのかもしれない。
「もう大丈夫だ、私が最後まで責任を持とう」
「う、ん……」
 腕の中で少年が小さく頷いた。俺は少しだけホッとした。……子供との付き合い方など分からんからな、俺は。

「隊長、何を拾ってきたんです?」
 野営地に戻り少年に飯を食わせていると、ハックルがへらりと笑いながら近づいてきた。
「魔狼に襲われていた子供を保護した。ヤツらはおそらくこの子を追いかけて奥深くまでやってきたんだろう」
「あーなるほど……。アイツら執念深いからなぁ。美味そうな獲物を逃したくなかったってところか」
「そういうことだ」
 はぁ、とため息をつく。迷惑な話だ。食欲と本能が強い狼たちは、本来なら敵わないはずの俺たち獣人相手にも向かってくる。少しでも知能があれば怯えて逃げていくんだが……。
「で、隊長はこの子をどうするんです?」
「……っ!」
 近づいてきたハックルに怯え、少年は小さく悲鳴を上げて俺の後ろに隠れる。俺は軽く眼の前の男を睨んだ。
「相手は子供だ、怖がらせるな」
「いやいや、そんなつもりはないですって。ってか、珍しいな? 隊長が子供に好かれるなんて」
「…………。」
 ハックルの言葉に押し黙る。それは俺が一番思っていたことだ。子供に好かれるどころか怖がられるのが当たり前だったのだ、こうして向こうから俺に振れている状況に内心かなり戸惑っている。
 それを見越しているのか、目の前の男は楽しそうに笑っている。俺はごまかすように一つ咳払いをした。
「俺が保護した以上、俺が責任を持つべきだろう。ひとまず家に連れていく。身元を探し、然るべき場所に返すつもりだ」
「真面目だなぁ、隊長サン」
「お前が不真面目すぎるんだ」
「はいはい」
 面白くなさそうに気のない返事をしたが、一転してニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべてこちらを見る。……何だ?
「でも隊長、カタブツのアンタが女の子を連れて帰ったらきっと驚かれますよ? 由緒正しい貴族の長男なのに女っ気がないどころか毛嫌いしてる息子が女の子を連れてくるんだ、隊長のお母様とか大声を上げるんじゃないですか?」
「『女の子』?」
 思わず振り返る。赤くてきれいな目がこちらを不思議そうに見ている。
「そーですよ。髪短いしボロ着てるけど、女の子だぜその子。……まさか隊長、気づいてなかったんです?」
「……人間の子の見分けなどつかぬ」
 気まずくなりそっぽを向けば背中からため息をつく声が聞こえた。呆れられるのも仕方がないな。まさか男の子と間違えるとは……年端も行かぬ少女とは言えかなり失礼なことだ。
 俺は少年――いや、少女の足元に膝を付き、頭を下げる。
「あー……すまない。君のことを誤解していた。悪気があったわけではないんだが……」
 情けなくうろたえる俺に少女は首を横に振った。
「気に、してない……。た、すけて……くれて、ありがと」
「あぁ、こちらこそ礼を言う。……頼りないかもしれないが」
 自嘲気味にそう言えば少女は慌てて首を何度も横に振った。
「そ、そんなこと、ない! タイチョーさん、強くてかっこよくて優しい、から、信じてる」
「そうか」
「うん!」
 少女は嬉しそうに目を輝かせて笑った。何も疑っていない純粋な笑みだ。その輝きに思わず目を細める。まぶしすぎて直視できなかったのだ。
「あ、隊長、照れてる?」
「照れてなどいない。お前はさっさと周りの警戒に戻れ」
「はいはいーっと。じゃ、お嬢さんまたねー」
 ヘラヘラと笑いながらハックルは去っていく。……あれで実力はあるんだ、実力は。
「? どうしたの、タイチョーさん」
「あぁ、いや、なんでもない。気にせず食べろ」
「うん!」
 俺は少女を膝に乗せ、飯を食わせる。もぐもぐと口に詰める姿が小動物に似て保護欲を掻き立てられる。こうして小さい子供に懐かれたことが無かったので何もかもが新鮮だ。気がつけば口元が緩んでいる

結局ハックルの言う通り、少女を家に連れ帰った俺に対し母は驚きの声を上げ、長年仕えている執事は涙を浮かべたのだった。

photo by Joshua Newton(https://unsplash.com/@joshuanewton)

最後までご覧いただき、ありがとうございました。 スキ!♡(いいね)を押していただけると嬉しい気持ちでいっぱいになります。 (スキはnote会員でなくても押せます!やったね!) いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます。