私の人生の本質
自分のやりたいことを探した時、
昔はやりがいに注力していたけど、
今は自分が好きなことに注力して探している。
達成感を感じることってすごくやりがいに思えるけど、
一言で言うととっても大変。
いままでの私はというと、
何があっても折れない心があって、
私自身の心が数年折れずに頑張ってくれていた分、
ギリギリで立っていても乗り越えられた。
だけど、
今は少しのことでも折れそうになる。
あの頃の活気はどこに行ったの?
と自分に失望する日々が長く続いた。
そうして過ごしていると、
自分の今ここにいる価値を考え始めた。
でも、そこから動くことはなく、
ただただ、無意味な時間を過ごしていた。
目の前には見えないけれど、
でも確かに怯えている自分がそこにいた。
ある日、考え方を無理に変えるんじゃなくて、
考える時の場所を変えてみた。
自分が落ち着ける場所に、
自分が落ち着ける音のする方に、
身をそっと置いて考えてみた。
そうしたら、できるできないは一旦置いておいて、
好きなことを思い浮かべると自然と気持ちが湧くことを感じた。
「そういえば、最近ワクワクしてなかった」ということに気づいた。
今までは、高い方へと向かう心がとても強かったし、
やりたいこと=何かを犠牲にすること
になっていて、それはできることとは限らなかった。
じゃあ、好きなことは?
好きなことと並行して周りの事も幸せにできる事がわたしの好きなことだと、
少し昔の気持ちに戻れたように感じた。
私は今までやりたいこと、
行きたい方へ行くことを叶えてきた。
けれども、その代償はとても大きいものだった。
それは「心が追いついていない」ということだ。
追いつきたいのに、
ペースを上げていきたいのに、
心も頭も何もかも置いていってた。
心が、頭が、追いつかなかったら、
じゃあ何が起こる?
「自分のことしか見えず、
周りのことを考えることができず、
幸せを共有できない。」
私にとって人とは、一生大切にしていきたいもの。
全く違う生き方をして、違う考え方をして、
違う食べ方をして、違う歩き方をして、
全員同じ気持ちにはなれない。
だけど、どんな形や言葉でだって
幸せを作るきっかけの
「笑顔」を作ることは誰にだってできる。
それを考えた時に、
この数年、私と関わる人たちはどうだったか。
私の背伸びのせいで、
私が高望みをしたことで、
私にとってのやりがいは、
誰かにとっての苦痛になっていった。
だから、いくら頑張っても達成しても、
誰かの温かい顔を思い浮かべることは、できなかった。
私はそんな人間であることが、
たまらなく辛かった。
これから私は少しずつ自分の道を変えていく。
無理に、急に変えなくてもいい。
だけど、私にとってのやりたいことは、
周りと一緒に笑顔になっていくために、
私は私が好きなことをして、
自分の身も心も軽くさせて、
私自身もたくさん笑えるように生きていきたい。
心の隙間を作り、
私にとっての好きな場所が笑い合える場所になることが、
生きていく上での私の人生の本質なんだと、
やっと、苦しくない、
透き通った呼吸が唇から溢れた。
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