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私がどうやって広東語通訳者になれたのかを紐解いてみる(15)- 広東語の多様性 -

この業務における言語環境はなかなかに複雑だった。

日本のメーカーなので、日本からの駐在員とは当然全て日本語でコミュニケートする。香港のオフィスでも、大陸の工場でも。私は香港のローカル採用だったけれど、日本語がネイティブなので、他の香港人スタッフより給料が少し良かった。香港は、強みや実力があれば、それが給与に反映する実務主義社会。私にとっては居心地良い環境。

広東語の多様性

さて、大陸に入ると言語環境が途端に複雑になった。工場を設置したのは広東省東莞市石龍鎮。東莞市は広東省なので一応広東語だけれど、私が慣れ親しんでいる港式廣東語と発音がちょくちょく違う。カルチャーショック。香港はすでに国際的大都市だったので、まあ言うなれば東莞話とは東莞訛りの広東語。ひいき目かもしれないけれど、私にはやはり港式廣東語の音の方がスマートに聞こえた。しかし彼らは彼らで「冇香港白話咁瀟灑, 但係東莞話係我哋啲話呀!=香港式広東語ほどスマートじゃないけど、それでも東莞話が俺達の言葉なのさ!」と自分達のアイデンティティとして誇りを持っていた。

実は広東語と一口に言っても、香港には港式廣東語あり、広州には広州話があり、東莞には東莞話があり、恵州には恵州話があり、他地域にはその地域の広東語がある。そしてそれぞれの地域の人達が、自分の話す広東語にアイデンティティを見出して誇りに思っている。大陸の広東語同士は割と似通っているが、港式広東語だけが明らかに発音が違う。後に、工場で働く子たちから「ソフィの広東語はまるっきり香港白話ねー、スマートでステキ~♪」と言われたので、自分達の言葉に誇りを持っているとはいえ、やはり心のどこかに香港という国際的大都市への憧れはあったようだ。当時は「自由行」もまだ始まっていなくて、大陸から香港に旅行で行くことさえ簡単ではなかった時代。そりゃ憧れるよね。

複雑な言語環境

工場立ち上げプロジェクトに話を戻そう。私が対峙する相手と言語は・・・
プロジェクトのサポートをしているコンサルタント会社の担当者は日本語を話す香港人。<港式廣東語>
工場の内装を請け負う香港の会社の老闆(=オーナー)は香港人。<港式廣東語>
内装会社の現地の下請け会社の老闆は東莞人。<東莞式廣東語>
石龍鎮の提携先郷鎮企業の老闆や社員は石龍鎮人。<東莞式廣東語>
工場従業員で広東省出身の子たち。<各地の広東語>
工場従業員で広東省以外出身の子たち。<各地の普通話>
石龍鎮政府職員や警察署長は石龍鎮人。<東莞式廣東語>

工場の上屋が出来上がって、生産ラインを設置する段になって知ったこと。それは生産ラインは台湾工場で動かしているものを移してきて、設置と稼働に関することは台湾工場の従業員が数か月乗り込んできて指導することになっているということ。つまり<台湾國語>にも対応必須。

<台湾國語>と<大陸普通話>は発音も単語の字面も言い回しも違う。知ってはいるけれど、さて私はどちらの発音と言い回しを使えばいいのか?いや、やはり各々に対応でしょう。ということで4言語対応状態。いやはや、学生の時に欲張って広東語も普通話もやってて良かった。

工場コーディネイターとしての業務

工場立ち上げに関する一切合切を担当したことは本当に良かったと思う。
・工場建築材の輸入手続き(Inv. & P/L は内装屋が作成、私はチェック)
・工場上屋と宿舎の建築が順調に施行されているかどうかのチェック
・生産ライン機材の輸入手続き(Inv. & P/L は台湾側作成)
・上屋が出来上がったら各フロアのレイアウト確認と機材設置
・工場従業員のうち幹部職員の面接と採用
・來料加工だったので輸入材料と輸出商品の登録
・報關員(通関士)と連携して輸出輸入書類の作成と税関との折衝
もっともっとあったけれど思い出しきれない。

<港式廣東語>と<東莞式廣東語>と<各地の普通話>と<台湾國語>でこれだけの幅の業務をこなせば単語数もリスニング力も格段に上がる。単語ノートにいちいち書いているヒマもないほど毎日毎日新出単語が出てくる出てくる。鍛えられた。

当時はPCもまだ無い。一太郎はあったけれど、繁体字入力に対応していなかった。だから何でも全部手書き。特に、報關單(通関書類)は3連複写式10セットが一式で税関から購入しなければならなかったので、書き間違い厳禁。線をちゃっちゃっと引くのは認められない。書き間違えた書類は廃棄=コストの無駄遣いになるので怒られる。これで漢字もガンガン覚える。

通訳者を目指す人へ

将来通訳者になりたいと思って通訳課程で学んでいる学生に私が常にするアドバイスが一つ。「卒業したら、まず一度どこかに就職しなさい。社会に出て経験を積みなさい。通訳者として通用するようになるためには社会経験が必要。経験が無いことは理解できない。となると通訳の場面に出くわしても相手の状況が理解できないことがままある。つまり通訳業務ができない。そうならないように、何らかの社会経験を積みなさい。通訳者を雇う側もその人の経験を必ず考慮するものだから。通訳者には何歳からでもなれる。焦る必要は無い。まずは様々な経験を蓄積しなさい。」(続)

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