《風の谷のナウシカ》の音楽

下記は私が4年前に書いた文章です。久石譲さんの音楽を研究していたときの物になるので暇つぶしに興味があれば読んでください。


1.1 音楽を手がける上での手順
 『風の谷のナウシカ』の舞台は、近未来でありながら超古代にも感じられる世界観というだけで、ちゃんとした時代設定はされていなかった。
久石氏は宮崎監督からイメージ・キーワード(例えば腐海とかメーヴェとか)を15個ほどもらいその中から10個ほど選んで音楽にしていった。本編のサウンドトラックを担当することはまだ決まっていなかったので、ストーリーを意識して作ることはなかった。ここが久石氏の才能を大いに開花させるポイントである。
 例として、メーヴェというハングライダーのような乗り物が登場するが、メーヴェのための曲を作る時は、メーヴェに触発されたイメージ、空を疾走していくスピード感と気持ち良い雰囲気さえ表現できればそれでよかったのである。

1.2 使用楽器とメロディ
レコーディングには、シンセサイザーとリン・ドラム、シーケンサーMC4 を主に使用している。この頃はまだソロでポップスアルバムを作っていた時の感覚が残っていたらしくサウンドはポップス寄りになった。しかし『ナウシカ』のメロディの原点になった時代感のない音と、リズム感の走った音が入り乱れる混沌とした感じは、どこかクラシックな雰囲気を感じる。それはやはり久石氏の根底にクラシックの音楽が存在するからである。

1.3 久石譲本人の思い
『風の谷のナウシカ』の音楽について久石氏は次のように述べている。「風の谷のナウシカの音楽はとても不思議な音楽になってしまったと思う。さまざまな形態の音楽、たとえば、ミニマル・ミュージック的な要素、テクノポップやシンフォニック的な要素が同居しているにもかかわらず、なぜか全体がまとまっていて、バラバラに聞こえない。音楽の女神がもっと上の次元で僕に書かせたのかもしれない。」
 この文章を見る限り、久石氏自身は全体的な曲の構成を統一しようとはしていなかったと言える。


1.4 楽曲分析
 まずはナウシカのテーマの曲とも言える《風の伝説》を紐解いていきたい。タイトル通り映画『風の谷のナウシカ』のオープニングを飾る曲である。独特の音色のオルガンによる不思議なフレーズはこの曲を強く印象づける。美しささえ感じる腐海を表現している。その前半と後半のオルガンのフレーズに挟まれるかのようにフルオーケストラのメインテーマが壮大に演奏される。Cm7やCm9などの構成音を中心としたアルペジオは、この頃から久石さんのトレードマークだったのかもしれない。ピアノとハープから始まる旋律はなんとも物悲しげだが、次第に盛りあがってゆく。それはまさに荘厳の一言に尽きるであろう。バイオリンのオクターブユニゾンによって奏でられる旋律は独創的なメロディをしていてとても壮大である。そして独特のコード感があり、ストリングスの動きが面白い。なんと言ってもナウシカの世界観が見事に現れていると言えるだろう。今回はオーケストラのスコアがないため、ピアノ独奏の楽譜を使用する。
〈譜例1〉譜例1


この曲はフラット3つの調号があり、最初の2小節の和音はCmの7音と9音を足したコードである。そのため誰もがc moll(ハ短調)だと思うかもしれないが、旋律を見てみるとその解釈は間違っている。なぜなら、c mollであった場合はHの音にナチュラルが付くことが大半である。しかし譜例1をみるとHの音にはフラットが付いており、その代わりにAの音にナチュラルが付いている。譜例1の旋律をCの音を基準に音階にすると下記のようになる。

〈譜例2〉譜例2

さらにこれらの音階を全て長2度上げてみると次のようになる。

〈譜例3〉

譜例3

譜例3は“ドリア旋法”と呼ばれる音階であり、いわゆる短調(近代短旋法)に類似した旋法であるが、 導音のないことがその相違を明確にしている。教会旋法と言われる中で最も有名な旋法で、 落ち着いた安定感のある旋律を作る。この音階を使った旋律は、まさに最初の方に述べた、近未来でありながら超古代にも感じられる世界観を見せるナウシカのテーマ曲にふさわしい。そしてナウシカあたりから、久石氏のアルペジオによる伴奏系が見られるのも特徴だ。
 曲はしばらくドリアの旋律を奏で、c mollに移調する。

〈譜例4〉

譜例4-1

譜例4-2

c mollのI(Cm79)の和音を経過して C の5小節目でⅥ(A♭)の和音へいく。その後はf mollに転調するためにD♭の和音(f mollのⅥの和音)を経過してCsus4からCの和音(f mollに対するドミナント)へ音楽が進んでいき、近親調であるf mollへ転調する。
〈譜例5〉譜例5-1

譜例5-2

 しかしここからポイントなのが、f moll風のドリア調になるということだ。転調の仕方は上記の通りだが、最初にでたc moll風のドリア調のメロディをそのままそっくり移調しているのがポイントである。そうすることにより、このナウシカのテーマのメロディをさらに聴衆の耳に残すことができる。耳に残すことができれば、映像と音楽がリンクして、よりその映画の印象を強く与えることができる。
 映画音楽は、なるべく決まったテーマのメロディーを多く使った方が良い。久石氏が手がけたジブリの音楽にはその特徴が非常に多くみられる。

〈参考文献〉

①『I am-遥かなる音楽の道へ-』久石 譲


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