恋の夢
男は眠りにつくと夢をみる。
それは切なくも儚い、恋の夢。
彼が付き合っている女を殺して、新しい女を抱く。そんな夢。
女を抱いて、金が尽きれば盗みを働く。
女に飽きればまた殺して、新しい女を抱く。
殺すことが申し訳なくなるようなら、いい男のまま別の地に旅立てばいい。一つの町で複数の女と関係を持つと悪い噂がすぐに回るから。
別に私欲の限りを尽くしたいわけじゃない。
人殺しに抵抗がないわけでもない。
純粋に恋をすることを楽しみたいだけだけである。
いずれ悪事はばれる。
彼はそれほど賢くないから完全犯罪などできそうにない。
目の前にいる女を幸せにしたい。自分の手で。
その一心で今日も恋をする。
そして彼は囚われの身になった。
彼は自供する。決して嘘はつかない。
自らの行いを堂々と雄弁に語る。
彼は自らの殺し、略奪を一切恥じなかった。
彼の論理は供述によると以下の通りである。
‟
僕は彼女らを傷つけるようなことは一切しなかったし、裏切ることもしなかった。
彼女と僕は恋に落ち、強く求めあった。
彼女が目の前にいるとき、僕は彼女のことしか考えることができなかった。
彼女の幸せを強く願っていた。
彼女は幸せだったし、むろん僕も幸せだったといいたいところだが、正直のところ僕のほうがつらかった。
彼女の部屋を出るとき私は練炭を焚く。そういう時、彼女は見送りに来ない。
彼女との別れであり、永遠の恋の始まり。
彼女は苦しまない。
浮気されるくらいなら死んだほうがいくらか楽だろう。
私は最後まで彼女を愛した。
それが私が繰り返してきた恋である。
‟
供述は続く
‟
時に略奪をすることもあった。
しかし、私は男からしか奪わなかった。
その男は私と恋に落ちた女を愛していた。
私の彼に対する洞察によれば、
彼は不自由していた。
彼の持つかなり資産(といっても人間の一生を考えれば取るに足らないもの)や彼の愛する女によって。
縛られていたから、私は巧みに彼を縛っているものすべてを奪った。
それでも不自由をやめない彼に嫌気がさした。
彼は自ら不自由を求めた。だから自由にしてあげた。
要するに殺した。
‟
彼は精神鑑定にかけられたが責任能力が認められた。
そうなると、彼のやってきたことからして死刑で間違いなさそうである。
彼は法廷に立つ。
彼の法廷でのスタンスは一貫していた。
自らの行いを認め、自らの正当性を説く。
これを貫いた。
彼は一審の死刑判決を控訴し、二審も同様の判決に対して上告した。
いよいよ最高裁である。
彼は残された時間を惜しむように拘置所で本を書いた。
その本は2000ページに及ぶ大作である。
最高裁の法廷に男が立った。
彼は自らの姿をガリレオガリレイと重ねていた。
彼は低く通る声で観覧にいう。
みんな、ありがとう。私のために生まれてきてくれて。
私の後の時代を生きるものよ。喜べ。
世界は変わる。
言い終わると奥歯をかみしめる。
フィルターがはじけ、彼はその場で静かに倒れた。
彼が苦しまなかったかどうかは知らない。
夢は自由であり、彼の箱庭。
目が覚めた。
男は悪夢を見たような気がした。
しかし、少しずつ忘れていく。
いつものように家を出る。
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