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【小説一気読み】騒音の神様1〜5 騒音の神様とヒジ討ち盛山

騒音の神様とは

騒音の神様とは、1960年代後半を舞台にした小説です。普段は、毎日少しずつ更新しています。時折こうして、まとめて読めるようにしていきます。

登場人物

「神様」 昔むかし、神様とか呼ばれていたらしい、おじいさんです。

「盛山」強い男です。ヒジ討ちが得意みたいです。

それではここから本編、1話から5話が始まります。


騒音の神様

昔むかしあるところに、子供の出す音が大好きな神様がいました。赤ちゃんの泣き声、子供が笑う音、走り回る音、子供の出す音全てが大好きです。
子供の音が聞こえると神様は、「元気な足音だなぁ、私まで元気になるよ。」「力強い泣き声だなあ、聴くだけで嬉しくなるよ。」「楽しそうな笑い声だ、この世で一番明るい音だ。」と大きな声で言いました。村の大人たちに聞こえるように言いました。
そんな神様の声を聞くと、村の大人たちもますます子供達の音が好きになっていきます。子供達の音を喜ぶ村は賑やかになり、村自体が明るく元気になり栄えていきました。神様は『子供の出す音が大好きな神様』とか『子供の音の神様』と呼ばれどの村でも歓迎されました。『子供の音が大好きな神様』はそうして数百年を過ごしました。
そして21世紀。2020年を過ぎたころ、神様は街を歩いていました。そしての静けさに驚き悲しみました。シーンとしていて街から元気な音が聞こえません。その上、子供達の音まで聞こえません。静かな街に子供の元気な声が少し聞こえたかと思うと、すぐに大人の声が割り込んできます。
「静かにしなさい。」「大声を出さないで」「走り回らないでうるさいから」と言われ街から子供の音が以前のように聞こえなくなっていたのでした。神様は、深く悲しみそして嘆きました。
「ああ、なんで街がこんなに静かになってしもたんやろか。それに、いつからこんなに子供の出す音がうるさいと言われるようになってしまったのかなあ。」
「もっと元気な子供の音を聞きたいなあ。」
神様はトボトボ歩きながら、20世紀に自分がしたことを思い返していました。「20世紀に、僕がやりすぎたのかなあ。」

「昔のやり方と違うやり方をしてしまったからなぁ。時代に合わせたつもりやったんやけど。それが悪かったんかなあ。ワシが悪かったんかなあ。」
神様は、自分のしてしまったことを思い出しながら、少し涙を浮かべながら、静かな街を静かに歩いています。
神様は、どんなことをしてしまったのでしょうか。そして、『子供の音が大好きな神様』がなぜ『騒音の神様』と呼ばれるようになったのでしょうか。
神様の記憶は、1960年代にさかのぼります。

一九六〇年代の終わり頃。町が、いや日本中が好景気に湧き立ち活気付いていた。たくさんの子供達の元気な音が聞こえた。日本中のあちこちで工事が行われ新しい家、団地、道路、工場、ダムが作られて行く。新しい物が生まれる時には、大きな音がする。その大きな音は、数百年前には無かったものだ。大きな音は、「騒音」と呼ばれ、町の人間の生活の音、子供達の出す元気な音をかき消した。
ドガガガ、ドガガガ、ドガガガ、ドゴンドゴン、ブルルル、ブルンブルン、ドガガガドガガガ。道路工事の音が町中に響き渡る。現場にはたくさんの工事の機械、車、そして真面目に熱く働く人達。働く人々は大声を張り上げながら作業を続ける。一つのエリアに十数人はいるだろうか。
活気のある工事現場に、一人のガタイの良い男がふらりと現れる。男は言う。「おい、静かにするんや。子供の音が聞こえへんやないか。」たいして大きくもない男の声は、工事の音にかき消されて誰も気付かず誰も振り返らない。男は、作業を続ける作業員の肩を後ろから掴んだ。作業員が、後ろを振り返る。
ドガっ。ふらりと現れた男はいきなりヒジ討ちを見舞った。すぐにもう一発ヒジ討ち。ドガっ。作業員が崩れ落ちた。周りの作業員の何人かが、男に気づく。「おい、なんやお前、何しとるんや」ツルハシを片手に近づく作業員。ふらりと現れた男は、倒れた作業員を乗り越えてツルハシを持った作業員に向かいドガっ。ヒジ討ちをくらわす。作業員が倒れる。二人の作業員が倒され、現場中の作業員が目をむける。「なんやなんや、何が起こったんや、」「誰やこいついきなり」作業員が三、四人詰め寄ってきた。「なんやお前、イキナリ誰やコラァ」一人の作業員が傍らにあった竹ぼうきを投げつけてきた。そのまま男に突進しながら殴りかかってくる。男は足を前に踏み出しながらパンチをかわし、ヒジ討ちをくらわす。ドガっ。作業員の身体が一瞬宙にうき、地面に落ちる。ドサッ。すぐに別の作業員達が手にスコップやツルハシを持ち男に殴りかかる。「なんやお前、ただで帰れると思うなよ。」「しばき回したらあ」大声で叫びながらスコップを突き刺して来た作業員のスコップは男にかわされ、ヒジ討ち一発でぶっ倒れた。男の背後からツルハシで襲い掛かった作業員も、男のヒジ討ちに沈む。
一人の男がふらりと現れたと思ったら、次々に作業員を倒して行く。残りの作業員達は、何か手に戦える道具を手にしながらも男の強さに驚きどうしていいかわからなかった。
一人の作業員が、スコップを手にしながら大声で言う。「なんやあんた、無茶苦茶やな。いきなり殴りかかって来て。なんの用や。おい、誰か警察呼んでこい。」その声はよく通った。工事の機械や工事車両のエンジンが誰かに切られて静かになっていたからだ。ヒジ討ちを見舞った男は黙って立っている。その時、ピーーブィーーと言う大きな音がする。拡声器の音だ。「しずかに、静かにするんや大人たち。子供たちの音が聞こえないではないか。」拡声器で割れた声が工事現場に鳴り響く。「子供の音を町に響かせるんや。大人の音は邪魔や、騒音なんや。」拡声器を持って話しているのは、小さなお爺さんだった。作業員たちは意味がわからないがとにかく見ていた。突然の事でどうしていいかわからないまま、小さなお爺さんの割れた声が続く。
「町に子供たちの音を響かせるんや。それ以外の音はいらん。騒音はいらないのや。わかりましたね。子供の音が聞こえるようにしなさい。そのように頑張りなさい。」ピーーブーー。最後に拡声器の異音を響かせると小さなお爺さんは歩いて工事現場から離れていった。小さなお爺さんの後ろには、ふらりと現れたヒジ討ち男が続いて歩いて行った。作業員達は、誰も追いかけなかった。男が強すぎたのと、お爺さんの奇行に誰も関わりたくなかったのだ。
工事現場から少し離れたところに置いてあった自転車に乗り、ヒジ討ちの男と小さなお爺さんの神様は二人乗りで家路につく。神様は荷台にまたがりながら、自転車をこぐ男に言った。「騒音を消すんや。そうすれば町中に子供達の音が響き渡る。子供の音こそ、この世の中で最も美しい音なんや。子供の音が元気に聞こえる町は、百年後も栄えて活気がある。わしは知ってる。」自転車をこぐ男はうなづきながら黙って自転車をこいだ。自転車をこぐ音がキィキイと鳴っていた。

工事現場にいきなり現れ、次々と作業員をヒジ討ちで倒した男は自転車をこいで家路へ向かう。後ろには小さなお爺さんが乗っている。
お爺さんは、自転車を漕ぐ男に話しかけた。
「盛山くん、ようやってくれた。さすがに強いなぁ、惚れ惚れするわ。」
「ありがとうございます。まあ、正直余裕でしたよ。神様こそ、上手いこと工事の音を消していきましたね。バッチリ静かになってましたよ。」
神様と呼ばれたお爺さんは答える。「ははは、だいぶ機械とかエンジンの切り方を覚えてきたよ。新しい機械もあったなあ。そんなんを見るのも楽しいもんや、」
二人乗りの自転車で銭湯に寄ってから二人は家に帰った。神様と呼ばれたお爺さんは、銭湯でコーラを飲み、家に着くと瓶ビールを飲んだ。そして盛山に話しかける。「コーラもビールも美味いなあ。こんな美味しい飲み物が現れるとは想像もつかんかったよ、数百年前には。まあ、ほとんど覚えてないねんけど。」そう言ってビールを口に含む。そしてまた神様はじっくり話しだす。「もし江戸時代にこんな刺激的で美味しい飲み物があったら大ヒットしてるやろなあ。まあ、今でも大ヒットしてるんやけど。」盛山は笑いながら返事をする。「そうですね、ほんまに美味しいですね。どんな時代でも人気出そうですね。」
そんな話をしながら、神様は昔のことを思い出そうとする。「三百年前には、わしは何を飲んでたんやろか。水かな、お茶かな、お酒は飲んでたはずや。でも思い出せんなあ。何を飲んでたんかなあ。」神様は、しばらく昔の記憶を辿ろうとして黙る。しばらく黙った後、盛山に話しかける。「盛山君、まあ、とにかく今日はよくやってくれた。明日も行けるか?怪我はないか?」盛山は答える。「大丈夫ですよ、無傷です。」神様は嬉しそうに言う。「そうか、ほな明日も頼むで。」神様は、タバコに火をつけ煙を吸い込み吐き出す。「タバコも美味いなあ、それもすぐに手に入る。こんなに美味しい酒や煙草がすぐに手に入る時代がくるなんて、想像したこともなかったなあ。すごい時代や。」そんなことを話しながら、昔にはなかった電球を眺めながら夜を過ごすのが神様の常だった。光を放つ電球は大好きだ。電球を眺めながら神様は盛山に静かに話しかける。「騒音を消すんや。そうすればこの新しい時代に子供の音が響き渡る。子供の音が聞こえれば、みんな喜んでくれるはずや。盛山君とわしならできる。」神様が話し、盛山が話しを聞いている部屋の外では、赤ちゃんの元気な泣き声と、工事の音と振動、そして車が走る大きな音が夜の町に響いていた。

神様と盛山は、今日も大きな音を出している工事現場に襲い掛かかった。六人程度の小さな現場だったので盛山はあっという間にヒジ討ちで制圧。神様は「子供の音を町に響かせるんや」と拡声器で話した後、いつものように二人乗りの自転車で家路に着いた。
神様は、瓶ビールを飲みながら「うまい、うまい、最高や」とビールの味に感動している。そしてタバコにマッチで火をつける。「タバコも美味い。マッチも良くできてる。夜も電気で部屋が明るい。最高の時代や。」神様は様々な新しいものに酔いしれながら盛山に話しかけた。「盛山君、大きな計画に移すで。この新しい時代に子供達の音をもっともっと街に轟かせるんや。今は歴史上最も子供が多い。こんなに子供が多い時代はこれまでなかった。なかったんや。」そう言いながら神様はビールを飲みタバコをふかす。「なのに、なのにや、子供が多いのに子供の音がかき消されてる。新しい時代の騒音と言うやつに。騒音に負けたらあかんねや。僕は騒音を消すよ。だからな盛山君、大きな現場を狙っていく。」盛山は返事をする。「はい、神様、大歓迎です。行きましょう。」神様は嬉しそうに言う。「さすが盛山君、頼もしいな。頼りになる。ねらうのは万博や。凄い大きな規模になるらしい。世界中から人が集まるお祭りなをやから。そやから万博の工事現場はでかい。絶対でかい、工事の音も馬鹿でかい絶対。ここを狙う。何回も行くんや。」盛山は「何回でも行きますよ、何人でも倒しますよ。」盛山の自信のある声を聞いて神様は言った。「盛山君、君はどの時代に生まれても強かったやろな。江戸時代の侍の時代でも、もっと昔の戦の時代でもな。」盛山は神様にそう言われると嬉しかった。神様は続ける。「でもな、昔の戦いでは人はすぐ死んだ。負けたら死ぬ。勝ってても死ぬ。簡単に人は死ぬ。ほんまなんや。僕は知ってる。盛山君、これからは生き続けて戦う時代や。死にやすい時代は終わった。戦争は終わった。戦(いくさ)はとうの昔に終わった。これは誰もが生きながら子供の音を街に響かせる戦いなんや。」そう話すと神様は電球の光に見惚れながら外から聞こえる子供の音を探した。そしてその音はすぐにトラックや工事の音にかき消された。神様は言った。「おかしい、おかしい。今頃、町中に子供の音が鳴り響いてないとおかしいんや。子供がたくさんいてるんやから。わしはやるで、盛山君。君なら一緒にやってくれる。万博はでかい大仕事や。戦いは勝つものや。頼むで。」そう言って神様はビールで顔を赤くしながら眠りについた。

いつものように朝が来た。盛山は朝早く起きて仕事の集合場所へ自転車で向かう。集合場所へ着くと、四、五人が立ち話をしている。そのうちの一人が盛山に向かって「おーい、モリヤマ。今日お前、運転頼むわ」と言った。盛山は「わかりました。現場どこですか」と仕事について一通り話しをする。それから盛山はトラックに乗り込み、他の人員が乗り込んだことを確認すると出発した。
 まだ舗装していないでこぼこ道を走る。荷台に乗っている者も含め、みんなが振動にお尻を跳ね上げながら進む。アスファルトの道になると地持ちが良く、盛山のアクセルを踏む足が喜ぶ。力強くミッションのレバーをガコンガコンと入れ替えながら何のトラブルも起きずに現場についた。わりと大きな駐車場で、盛山は車を停めるところを探しながら大きなハンドルを回す。盛山がトラックを停めようと思った場所に来ると、別の乗用車がクラクションをプーーっと鳴らしながら猛スピードで突っ込んで来た。盛山が急ブレーキを踏まないとぶつかる距離だ。いわゆる割り込みで、乗用車は盛山のトラックの前をすり抜けるように車を停めようとする。盛山は少しだけブレーキを踏んだ。相手の車にぶつかることは分かっていた。「ガシャン」
トラックと乗用車が軽くぶつかった。乗用車から、作業員風の男達が降りてくる。「おい、何ぶつけとんじゃ。」「殺す気か、弁償せえよ」とわめいている。盛山はトラックから降りて、目の前でわめく男にヒジ討ちをくらわした。ガツっ。別の男が「おいコラ何しとんじゃぶっ殺すぞ」とわめくがヒジ討ちをガツっ、もう一発ガツっ。あっと言う間に二人が地面に転がった。別の作業員が、車から降りて来ようとする。乗用車の後部座席から出てこようとするところを、盛山がドアをドンと蹴ると男はドアに挟まれ「フガッ」とへんな声を上げた。車内から降りそびれた一人の男に盛山は「おい、はよ車どかせ。」と言った。盛山はトラックに乗っていた男たちがトラックから降りながら「はよどかさんと、車ペシャンコにしてまうど。人間もペシャンコになってまうど。」「相手みて喧嘩売らんかい。現場で一番強いやつに喧嘩うるなドアホ」口々に怒鳴りながらトラックからみんな降りたところで盛山は停めたかった場所にトラックをあらためて停めた。よくある現場のトラブルで、とくに騒ぎにならずに仕事は開始された。工事現場はどこも、元気と力が溢れ返っていた。喧嘩のような揉め事は頻繁にあった。誰もが遠慮している場合ではなかった。



以上、【騒音の神様】1話から5話でした。ちょっとでも面白かったら、フォローお願いします。だいたい毎日更新しています。

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