【まとめ読み】騒音の神様 47〜52 日本拳法家、垂水喧嘩してぼこぼこにされた。
垂水が三人くらいの強そうな相手を探しながら歩いていると、すぐに見つかった。一人は角刈りで肩をいからせてわざと大手を振って歩いている。その背後に二人、背は高めで服が派手。「揉め事探してる感じやな。ちょうどええ。」垂水はそう思い、先頭を歩く男に向かってまっすぐ歩いていく。当然のように、垂水と角刈りの男は向かいあった。角刈りの男は垂水に向かって言った。「どけや。」垂水は胸を張りはっきりと「断る。」と言った。直後、後ろの背の高い男が角刈り男の肩越しにパンチを繰り出した。垂水は避けたが顔に当たった。「よっしゃ、こっからや。」垂水は目の前の角刈りに拳を打ち込み、前蹴りを入れる。すぐに殴りかかってきた男にもパンチを繰り出した。もう一人の男が横から、垂水の髪を掴み引きずり倒そうとする。垂水は必死になってパンチと蹴りをだしながら捕まれた髪を無理矢理引っこ抜く。垂水は前蹴りを打ちながら、距離を取りたくて後ろに下がった。ゴツン、垂水の後頭部に衝撃が走る。背中を蹴飛ばされる。垂水が振り向くと、そこには三人が立って垂水を見ている。見ているだけではなく、パンチを出してくる。垂水が避けると、最初の三人が後ろから殴る、蹴る、掴む、と垂水がサンドバッグ状態になり立っていられない。垂水は顔を守りながらうずくまり、何も出来ないまま蹴られ殴られ続ける。「やばい、どないしよ、三人どころやない、五人か、六人か、何もでけへん。ヤバい、」垂水は髪と腕を引っ張られて、「こっちこいや、」と強引に引きずられるように路地に引っ張りこまれた。その後も袋叩きが続いた。
垂水は必死で体をガードして守り続けた。ドカドカと蹴りが当たる。体を丸めて亀のように縮こまって耐える。意識が飛ぶような攻撃は無かったので「このまま無事に」と思いながら体を守り続けた。垂水を取り囲む男達が、何か言っていたが垂水は何も喋らなかった。「あやまらんかい、おい兄ちゃん。」「大人なめたら大怪我すんど。」垂水は必死で腕で頭をガードしながら黙って我慢し続けた。そのうち相手の男達が「もう行こか。」「気ぃつけや兄ちゃん。大人舐めとったら大怪我するで。」と言うと立ち去って行った。垂水は安堵した。息を大きくついた。自分の手で足や腕、背中、顔、頭をまさぐる。「たいした怪我はないな。」何度も大きな息をついてから、ゆっくり立ち上がった。腕を動かす、足を動かしてみる。首を回す。ところどころ痛い所はあるが全部動く。「どうする。」垂水は自分に問いかける。垂水の頭に強烈に浮かんできた思いは、「このままでは帰れん。」だった。「あかん、このままやったら、仲間の前に胸はって立たれへん。帰られへん。行かなあかん。戦わなあかん。負けたふりして、しゃがみ込んで怪我もしてへん。こんなんで、胸張って帰れるか。」垂水はそれから考えるのをやめて動きだした。走り出した。「どこや、あいつら。俺はこのままでは帰られへん。見つける。」垂水は息を切らして走る。「どこや、どこに行った。まだ間に合うやろ、間に合え。」垂水はキョロキョロしながら走り、時折り振り返る。繁華街の端のほうで、「見つけた、おった。」男達、六人は何かの店に入ろうとしている所だった。立ち話をして、何人かが店の入り口に向かっている。「間に合う、」垂水はダッシュして一番体の大きな男の背中から走りながら蹴り込んだ。「オラーーー」垂水は叫び声のような声をあげて大きな男に殴りかかり、蹴りを入れた。大きな男がうずくまる。まわりで怒鳴り声が聞こえてくる。「さっきのあいつやんけ、なめとんな。」「いてもうたれ、」そんな声がなんとなく垂水に聞こえた。垂水は角刈り男に拳を見舞った。顔面に直撃し、角刈りが後ろに吹っ飛ぶ。垂水は「こっからや、こっからや、行ける、行ける、」そう思いながらとにかく、がむしゃらにパンチを繰り出した。
垂水は続け様にパンチを繰り出したはずだった。今は目の前が真っ暗だ。どこにいるか分からない。自分が何をしているか分からなかった。「あれ、何してるんや。俺、どこにおるんや。おかしいな。」目を開けたり閉めたりしてみるが、やはり暗いし目の感覚が何かおかしい。体がどこか痛い。臭い匂いがしてくる。「なんの匂いや、生ゴミか。」なんとなく垂水は、何が起きたかわかり始めた。「確か、一度ボコボコにされてからもう一度戦いに行ったんや。それからデカイ男に蹴りかかって、殴って倒して。それから角刈り男も殴り飛ばした。そこからまた、他の男に殴りかかろうとしてた。確かそうや。」垂水は段々と頭がはっきりしてきた。「やられたんか、俺は。ここはどこや、目がはっきり開かん。」垂水は倒れていた。ゆっくり腰を起こす。「痛、イタタタ、」体があちこち痛い。イタタタ、と出す声が実際には、「ひははは、」と言っていた。口もえかしい。「はんか、ふうきはふけへふ、」口から何か空気が抜けている。口の中が血の味がする。鼻が息苦しい。口元を手で触ってみるが、唇ははれていて切れている。手の感覚もおかしいのでよく分からないが、歯も折れてるようだった。「二本か、いや、一本か。」垂水は深く息をした。胸もどこか痛い。足も痛い。頭も痛い。いろんな所が痛くて、どこが痛いか分からないくらいだった。「ああ、やられたんや。とことんやられた。負けたな。ああ、やられた。倒された記憶もないわ。」暗闇にへたり込みながら、垂水はそれからどう考えたら良いか分からなかった。「どうしよ、俺、どうしよ。」へたり込んで、なぜこうなったか考えて見た。「何がこのままやと、帰られへん、や。仲間の前で胸はられへん、や。こんなボコボコになったら胸はれるんか。俺はカッコつけたかったんか、どうなんや。わからんわ。」体中の痛みを段々はっきりと感じながら垂水はどうすればよいか分からなかった。
垂水は、じっと座っていたが「くさっ」と言った。「ゴミか、生ゴミか。たまらんなぁ。」臭いのでとにかく立ってみることにした。ゆっくり足を動かす。「痛っ、いたたた、」と声が出る。実際に垂水の口から出る音は「ひはっ、ひははは、」になっている。足だけで立つのは不安なので、両手を地面に着いて体を支えながら落ち着いて立ってみる。「ふう、ふう、」息をつきながら恐る恐る立ってみた。「立てたな。」立ってからも垂水は何度も大きく息をついた。「歩いてみるか。」足を前に出してみる。「よいしょ、よいしょ。右足はいけるな。左足があかん、痛い。帰れるかな。」垂水は、片足を引きずりながら歩き始めた。暗いので、とにかく光が見える方向を目指す。しばらく歩いてから、片足の靴が無いのに気付いたが戻るのが嫌だったのでそのまま進んだ。「どうせ見つかれへんわ。」とあっさり靴を諦める。暗い路地を出ると繁華街のお店はまだまばらに開いているようで、垂水の目にやたら眩しい。「電車、まだ走ってるかな。」と思いながら片足を引きずりながら駅へ向かう。「どうせ傷だらけで血まみれで、じろじろ見られてるんやろな。」と思いつつ、そのまま歩いた。なんとなく電車の音が聞こえた気がした。駅には光が灯っていた。「やった、間に合った。助かった、」と思い切符を買おうとポケットをまさぐる。手も指もだいぶ痛んでいるようで、小銭入れの感覚がわからない。右手、左手と手を交換しながらポケットをまさぐる。「ない、無いわ、財布。うそやろ。」垂水がいくらポケットに手を入れても何もなかった。「くそ、あいつらか、なめやがって。」垂水はただただ悔しかった。「歩くしかないか、はあ、はあ、なんじゃこれ。」と思いつつ痛い足を引きずりながら家の方向へ歩き始めた。「歩いたら、遠いぞ。帰れるかな、」でも垂水は帰ることしか思い浮かばなかったので、とにかく足を動かした。
暗い夜道を歩き出す。「ああ、痛い、痛いなあ。遠いなあ、長いなあ、朝までかかるんちゃうかな。」そう思いながら歩き出した垂水だったが本当に歩くには遠かった。たまに両足が動き、スタスタ歩くことが出来たのはラッキーだった。野良犬の吠える声が聞こえてくると垂水は怖かった。「今は野良犬に勝たれへんぞ、噛みちぎられてまうわ。なんか武器持っとこ。」途中、ぼんやりした視界でなんとかほど良い木の枝を見つけ出し武器兼用杖として歩く。風が強くなり、竹林の音がガサガサと鳴り響く。雨が降ってくる。「踏んだり蹴ったりやな。実際、蹴られて踏まれてるしな。まあ、血も流れていくやろ。頭も痛いし体も痛いし、ちょうど冷えてくれるわ。」垂水は、雨で顔をぬぐいながら少しスッキリしてきた。何時間か歩いているが退屈はしなかった。考えることが沢山あった。「なんで負けたんや、どうやったらもっと強くなれるんや。」ビショビショの体で、何度も同じことを考える。何度も数時間前の戦い、いくつかの戦いを思い出しては「どうやったらもっと強くなれるんやろ。」途中、行き止まりに数度出くわすがくじけず歩き続けた。雨が止み、空が白んできた頃、だいぶ見慣れた光景になってきた。「もうちょいやな、一晩歩いたんか。六時間か、八時間か、分からんけど。まあ、俺の体は頑丈に出来てるわ。ただ、もっと頑丈にしたる。力や、パワーや。俺はもっとパワーを身につけるんや。やるで、絶対強なるで。」朝が来る頃には垂水は、自分でどうしたいかハッキリしていた。やっと家の前につくと這いつくばるように家にドタドタと上がり込んだ。最初はどんな状況でも胸を張って大学にいくつもりだったが、やめた。「休む。体を休める。見栄を張るのはやめや。」垂水は倒れるように横になると、秒速で眠りに落ちた。長い、長い一日がやっと終わった
垂水は、寝た。痛みで目が覚めても目をつぶって体を休ませた。体中が熱を持っているので冷やしたくて仕方がなかった。豆腐屋が自転車で近所を豆腐を売るために通る音がする。ガラン、ガランと良い鐘の音を立てながら。垂水は、豆腐屋の鐘の音が聞こえると痛い体を引きずりながら豆腐を買いに行った。手にボール、豆腐を入れるためのボールを二つ持って急いで歩く。片足を引きずりながら。垂水は、「おっちゃん、木綿二丁と、あとその冷たい水も欲しいんや。ちょっとくれへんかな。」豆腐屋のオッチャンは、垂水のパンパンに腫れた顔を見て察した。「ああ、ええよ。氷もあるからちょっとだけ、わけたるわ。」垂水は嬉しそうに「ありがとう、助かるわ。」と言った。実際には、垂水の話し声からは息がもれている上にモゴモゴしていて聞きづらかった。垂水は豆腐と冷たい水と氷をボール二つを持ち帰った。「やった、助かった。これで冷やせる。」豆腐を飲み込むように食べて、冷たい水にタオルを浸す。全身を拭いて顔にのせた。「ああ、気持ちええ。冷たい、最高や。水道水とはえらい違いや。またもらお。」それから垂水は、痛めている足首にも乗せて寝た。目が覚めると、冷たい水もぬるくなっている。「しゃあない、井戸水汲みに行くか。水道より冷たいからな。」垂水は、豆腐屋がくれる水と井戸水で二日ほど体を冷やしながら寝た。三日目には、どこも痛いところは無くなった。「体も元気になったし、拳法に顔出すか。まあ顔はまだ腫れてるけど。歯も無いままやけど、ええか。これがええか。これでええか。」垂水は、負けたまま黙っているのが嫌で早く告白したかった。そして次へ進みたかった。さらに強くなるということに。
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