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仕事を辞めたいと思っていたらブラック・アマゾンが届いた

※※これは、とある番組制作会社に勤めていた20代男性が、退職を決意するまでの日記をまとめたものである。※※


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撮影準備に励む20代男性

20××年 △月3日 最悪なライフハック

撮影準備はマジで体力仕事だ。クソ重い機材を運び、ケーブルをつなぎ、音声チェックとバランスの確認などなど、やることも多い。もう18時だけど、これから撮影本番だから残業は確定。というか「残業」なんて概念は、この会社にはないのだ。

準備がひと段落すると、いつものように散歩がてら隣のビルの綺麗な喫煙所まで出かけて、のんびり仕事をサボる先輩たち。僕もタバコは吸わないけれど、休憩がてら付いていって一緒に駄弁る。慌ただしい中での息抜きの時間だ。

今日も喫煙所で取り留めのない話をしていると、先輩がめちゃくちゃ咳き込みはじめた。その咳が、なんというか普通じゃない、重くて湿った深刻そうなものだった。

「大丈夫ですか?病院行った方がいいですよ」と声を掛けたところ、「いや、ガンだったら困るから、まだ行けないんだ」と言われたのでびっくりした。

「家のローン組んだばっかりで、いまガンになっても団信がおりない。あと三ヵ月後くらい経ったらローンがチャラになるから、肺がんだって分かるならそれ以降がいい」。

ガンかもしれないけど、まだ病院には行かない方がいい。そんな最悪なライフハックある?マジで心配になった。


くたくたになった会社帰り、溜池山王の交差点あたりで、見知らぬおじさんから変な箱をもらった。

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「プレゼント」らしいが開かない。これってなんだろう?


20××年 △月5日 ザリガニを買う仕事

今日も残業だった。「番組に必要」と言われたので新宿のペットショップにザリガニを買いにいったが、何店舗か回っても売っていなかった。子どものころはどこでも置いていたような気がするが・・・。

サブナードのアクアリウム売り場で店員に尋ねてみると、外来ザリガニの一部は販売が規制されているらしい。マジか。アメリカザリガニは一応規制対象外だが、新宿のサブナードでザリガニを買う人はおらず、取り扱いがないそうだ。

「餌用に売っている店もあると思いますよ」と言われたが、ザリガニのためにこれ以上新宿をはしごしたくない。三平ストアに寄って、冷凍エビを買った。これでごまかせるだろう。

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我ながら何の仕事をしているのかわからない。この労働環境と給料の安さからしたら、この間の「ガンでローンをチャラにしたい」という気持ちもちょっと分かる。ほぼ東京都の最低賃金だし、残業代はもちろんでない。深夜まで働いている先輩は、「うっかり時給計算したら絶望しちゃった」と言っていた。

先日もらった箱をいじっていたら、少しだけフタが動いた。中は見えないが、何か入っているみたい?

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20××年 △月6日 手渡された現金

ザリガニがいなかったから冷凍エビを買ったことを先輩に告げたら「しょうがないなあ」といって番組台本の「ザリガニ」を「エビ」に書き換えていた。苦労を掛けて申し訳ない気持ちになった。

少しでも役に立ちたいと思い、撮影中はエビに刺した串を操作してできるだけリアルなエビに見えるように努力した。なにやってんだろ。

撮影後、社長から会議室に集められた。どうやら恒例のボーナス支給らしい。当社のボーナスは封筒に入った10万円を全社員(10人)に手渡しする。給与明細はないし、年末調整にも金額は載らない。なにかしら裏帳簿的なお金なのでは?と勘ぐっている。

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↑まじでこういう何の変哲もない茶封筒でもらった。怪しすぎる。

例の箱、もう少しで中が見えなそうなのだが、ネジがきついのか開かないままだ。まあ10万円もらえたからきょうは気分がいいや。

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20××年 △月10日 将来に悩む

先輩から「いつも昼過ぎに出勤する上司が、深夜まであれこれ作業をしたあと、明け方になってタクシーで帰っていくのを見た」と聞いて笑ってしまった。朝から働いて定時に帰ればいいのに。上司は社内のディレクターと職場結婚している。朝まで働くという達成感は、文化祭みたいなドキドキにつながるのかもしれない。

長時間労働、低賃金がまかり通っているのは、「好きなことを仕事にしている」という負い目だと思う。映像制作の仕事は、多分事務仕事よりも楽しい。撮影準備や本番、編集と映像チェックの流れはルーチンワークの部分もあるけれど、その都度工夫が必要になるから飽きることがない(いまのところ)。

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こんな風に膝をつく機会が多いせいか、ジーパンの消耗が激しいのは辛いところだ。

しかし、苦労しても将来性はない。僕たちの作る番組はちょっぴり傾いた思想を持った高齢の方をターゲットにした、政治色の強い内容がメイン。ニッチすぎてまったく儲かっておらず、給与なんか上がる見込みはない。

僕はどうするべきなんだろう・・・。


例の箱はもう少しで開きそうだ。
何かが、入っているような・・・?

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・・・・・・・


20××年 ■月21日 辞めたい・・・

今日はショックなことがあった。以前の会議で僕が提案した番組企画が、そのまま上司の名前で正式な番組として動き始めることがわかった。それを知ったとき、何かの糸が切れてしまったような気がする。

ショックだったのは、企画をパクられたということだけではなく、「ああ、これでようやく辞められる」という気持ちが自分の中にあったことだ。今思えば、その機会を待ち続けていたような気がする。

職場の人はみんないい人であることが、「辞める」という選択肢を躊躇させてきた。それぞれの社員は仕事にこだわりを持ち、こんな大変な環境でも頑張っていて素直に尊敬できる。それでいて、よく机に突っ伏して寝ている上司がいるから、遠慮なく居眠りができる緩さもある。

そう、ここは居心地がいいというよりも、緩慢とした職場だと思う。そんなぬるま湯のような環境にいた人間が、まともな会社で働けるのだろうか?

残業も出ないブラック企業だけど、世の中にはもっと大変な職場で働いている人もいるし、自分の辞めたい気持ちなんて、ただの言い訳なのかもしれない。

・・・・・

・・・あれ?

箱が、開いてる?

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よお。ようやく会えたな。

箱から声が!

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なんだこれ。

俺はお前……。転職して10年後のお前だ。

転職して10年後の僕!?

そうだ。だから、お前が転職を決意するまで話しかけることができなかった。
いまお前は、「自分が別の会社でやっていけるんだろうか・・・」と心配になっているだろう。実際に「転職してもうまく行くとは限らない」とか「転職先が決まってから辞めれば?」とか、正論めいたことを言われたことがあるかもしれない。
けどそんなことはない。いますぐ辞めた方がいい。

そうなの?

その会社は来年には買収されて社名が変わる。経営陣は半年後にクビになり、いまの社員は一人も残らないんだ。バタバタして転職どころじゃなくなる。

ええええ!?

じっくり次の会社を吟味するためにも、辞めたいと思ったときに辞めた方がいい・・・それを伝えに来たんだ。

どうして、そんなことを・・・。

世の中には呪いがあふれている。新卒入社は3年は勤めないといけないだとか、好きなことは仕事にしないほうがいいだとか、「君はこの仕事向いていないよ」だとか、好き勝手言われることもある。
確かに傾向と対策は必要かもしれない。それでも「だからダメ」なんて画一的な決まりはないんだ。これから初めての転職に挑む自分自身に、これだけは伝えたかった・・・。

未来の僕・・・。

それとは別の話だが、退職する際にお前は会長室に呼び出されて2時間慰留という名の「詰め」を受け続けることになる。めっちゃ怖い目に合う。

ええ・・・。

つらい時間だが、心を無にしてうつむきながら絨毯の模様を眺めていたらやがて終わる。頑張ってくれ。


・・・

それっきり、箱からは何の声もしなくなった。

あれが白昼夢だったのか、それとも本当に未来の自分が語り掛けてきていたのかはわからない。

仕事を辞めるまでに、たくさんの苦労があるのは確かだろう。でも、「3年はがんばらないと」「転職先を見つけてからじゃないと・・・」と、いつのまにか躊躇するための理由を探していたような気もする。正解が分からないからこそ、縛られなくてもいい。そういうことなのかもしれない。

あれ?空っぽのはずの箱の中に、何か残っているぞ。





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雨も多くなるが、転職活動がんばれよ・・・



<終わり>

【この記事を書いた人】
NAME:こなごな
新卒で就活先なし・転職3回と華麗な(失敗の)経歴を持つライター。


「ITやモノづくりの世界を身近に感じてもらいたい」そんな思いでこのnoteを始めました。書き手は全員転職経験者。実体験にもとづくエピソードや、転職に役立つかもしれない小ネタ、気になるニュースなどをざっくばらんに更新していきます。気に入っていただけたら、ぜひサポートをお願いします!