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実験や観測の結果から新しい理論はつくれない——『アインシュタイン回顧録』より

重力の理論から学んだことは、それだけではありません。実験や観測の結果をどれほど集めようと、真実を表す複雑な方程式群はつくれないだろうということです。理論は実験や観察で検証できても、その逆はできません。つまり、実験や観察の結果から新しい理論はつくれない。重力場の方程式くらい複雑な式は、そのありさまを完璧に(せめて「完璧に近く」)決める理論、つまり単純な論理の数学的条件に気づいたとき、ようやく見つかるわけですね。
条件のカタチが決まりさえすれば、必要な知識を少し加えて理論ができ上がります。重力の理論なら「加えた」のは、時空の四次元性と対称テンソルでした。「連続変換群のもとで不変」という縛りを追加したとき、その二つが方程式の姿をほぼ完全に決めたのです。

アルベルト・アインシュタイン『アインシュタイン回顧録』渡辺正訳, ちくま学芸文庫, 2022. p.93-94.(太字は原著では傍点)

アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein, 1879 - 1955)は、ドイツのウルムに生まれ、スイスのチューリヒ工科大学(現ETH)を卒業。1914-33年はドイツのベルリンに住み、1932-44年はアメリカのプリンストン高等研究所教授。スイス特許局時代の1905年に三大論文(光量子仮説、ブラウン運動、特殊相対論)を発表し、光量子仮説の論文により1921年度のノーベル物理学賞を受賞。

この回顧録は、1946年、アインシュタイン67歳のときに執筆されたものであり、ノースウェスタン大学准教授のシルプ氏の依頼により、「自分の葬儀に使う弔事を用意するような気分で」書かれたものだ。幼少時から執筆時までの約70年間を振り返り、何をどう考えてきたのかを語り尽くす、アインシュタイン唯一の自伝である。生い立ちと哲学、19世紀物理学とその批判、量子論とブラウン運動、特殊相対論、一般相対論、量子力学に疑義を呈した真意、統一場理論への思いなどが書かれている。

冒頭の引用は、統一場理論の遠望について述べた部分である。アインシュタインが追い求めたのは、ミクロな粒子からマクロな物体まで、あらゆるものの動きを確実に追える、エレガントでシンプルな単一の理論だった。アインシュタインが生きているうちには見果てぬ夢に終わった、電磁力と重力の二つを統一的に捉える、シンプルで美しい理論を彼は追い求めた。現在の理論物理学では、「電磁力」「重力」「弱い核力」「強い核力」の4つの力を統一的に記述できる「万物の理論」の追求が大きな柱となっている。このうち、電磁力と弱い核力の統一は、スティーブン・ワインバーグが成し遂げ、1979年のノーベル賞を受賞している。

アインシュタインは、新しい理論は実験や観測をいくら積み重ねても生まれないという。理論は実験や観察によって検証はできるが、その逆は不可能だという。これは、彼が一般相対性理論の方程式を解いていく過程で見つけた真理である。重力場の方程式のような複雑な理論は、単純な論理の数学的条件に気づいたときに初めて見つかるというのである。ここでは、数学者の出番が大いにあるように思える。数学的概念が対応する実在物をもつかどうかに関しては議論があるが、少なくとも、数学的な解明によって初めて、現実の物理学的状態を記述するための新しい理論が生まれるということなのである。

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