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短編小説「鬼ヶ島会議」

「“桃太郎が出発した”と急ぎ島に伝えろ!」

ここは、鬼ヶ島。村から少し離れた場所に位置する島。その島に伝令から一報が入る。
「密偵の者から、桃太郎が島に向けて出発したとの報告が。」
薄明りに照らされた部屋で一報を受けるのは、3年程前から鬼ヶ島で参謀を務める鬼だ。
「わかった。対策会議を開くと族長に伝えてくれ。私もすぐに行く。」
参謀は神妙な面持ちで自室を後にする。

対策会議1日目
大きな岩を削って作られた机の周りを鬼たちが囲んでいる。参謀は物々しい雰囲気の中、状況報告を行う。
「密偵より、桃太郎がこちらに向けて出発したとの一報が入りました。桃太郎側の人員編成は不明、続報を待っている状態です。桃太郎の家から島までの距離を人の足と船で移動すると考えると、上陸までにかかる日数は2日。明日までには対策を固めた方が良いかと。」
戦闘部隊長を務める一際体の大きい鬼が答える。
「現在、戦闘可能な鬼は少なく見積もっても二十。地の利もこちら側にあると見れば、我々が負けることはまず無いだろう。」
「あの村に戦力となる人間は少なく、まともな戦闘経験もない。村の外に協力を求めている可能性もなくはないが、その様な情報はあるのか。」
族長の側近は、腰が曲がり小さくなった体に蓑を纏った非力な姿をしているが、その発言には今でも圧力があった。
「密偵からは、外の者との接触に関する情報は入ってきていません。桃太郎の船が停泊している港にも変わった様子は無いとのことです。」
「恐れるに足らんな。」
緊張の薄れたこの状況に参謀の鬼は危機感を覚える。
「この数十年、村からの侵攻はありません。島での戦闘経験が少ないのは我々も同じ。油断は禁物かと。」
「あの村では、まともな武器を用意することすら難しい。何を恐れることがある。」
「ですが、村の最後の希望と言っても良い桃太郎を無策で送り出すとは思えません。海上で協力者と合流する可能性や、対岸の守備を固める可能性もある。」
「考えすぎじゃねぇか。」
参謀は会議の継続を促す様に発言を続ける。
「人間の知恵を侮ってはいけません。資源の確保を村からの略奪に頼っているこの状況で、長期戦に持ち込まれたら我々も危うい。こちらの船を壊されでもしたら、食料の確保も難しくなります。」
すると、これまで大きな椅子に腰かけ、会議の様子を品定めするように眺めていた族長が口を開く。
「お前の仮説が正しいとして、どう動く。」
その一言で、どこか浮ついていた会議の場に緊張が走った。参謀は呼吸を整え、質問に答える。
「まずは、戦闘員を三名程、資源の補給要員として村に配置します。その後、使わない船は安全な場所に移動させた方が良いでしょう。主戦場は、桃太郎に協力者がいることも考慮して、海岸沿いではなく、地の利を活かせる谷の辺りがよろしいかと。一行を谷まで誘導することが出来れば、入口付近に忍ばせておいた戦闘員と正面の主力部隊で挟み撃ちの形をとれます。」
「谷での戦闘か。正面と背後、上にも何名か配置しておけば多方面からの攻撃も可能だ。」
戦闘部隊長は参謀の案に感心している様子だ。
「桃太郎とはそれ程までの脅威なのか?」
すかさず参謀が答える。
「この数十年行動を起こさなかった村が攻勢に出たことが脅威なのです。」
族長の側近は懐疑的なままであったが、場の空気は参謀に傾いていた。その後、桃太郎対策に関する議論は活発に行われ、族長の号令の下、桃太郎一行を迎え撃つ体制を整えることとなった。

参謀は対策の進捗について、部下からの報告を受ける。
「資源の補給要員3名は、明日この島を出発し、村の港に潜伏するとのこと。戦場となる谷での準備も着実に進められております。」
「ご苦労。参考に聞いておきたいのだが、想定される桃太郎の協力者には、どの様な者が考えられる?」
「近隣に他の村はありませんから、考えられるのは都の者ぐらいでしょうか。我々を退治する見返りに村の資源を提供する約束をしたとか。」
「都から求められる見返りを考えれば、我々から略奪されるのと変わらないと思うのだが。」
「我々の略奪は村の運営に支障が出ない程度に抑えていますからね。その点、都はあの村一つ消えたところで問題ない。我々より酷いかもしれませんよ。」
「お前の言う通りだ。都の協力は想定できるが、村にとっての得が無いようにも思える。」
「都の他に協力者がいると?」
「いや、都以外は考えられん。故に不気味なのだ。」

対策会議2日目
「密偵からの報告ですが、桃太郎が道中、犬、猿、雉と合流し、港に向かっているとのこと。明日には出港し島に上陸する模様です。」
「桃太郎一人に動物3匹・・・。」
戦闘部隊長は呆気にとられていた。
「密偵からの情報は確かなのか?」
「信頼のおける密偵からの情報です。」
「他に協力者に関する情報は?」
「港の他に周辺の海岸にも捜索を広げましたが、協力者の存在は確認できていません。」
出席者たちは、敵地に動物3匹だけを連れてくる桃太郎の意図が読めず、頭を抱えていた。会議の場には沈黙が広がり進展はない。この状況に痺れを切らしたのは族長の側近だった。
「これ以上会議を続ける必要もなかろう。」
対策会議2日目は程なくして終了した。鬼ヶ島は万一の事態に備え、対策の布陣を維持したまま明日を待つこととなった。

桃太郎陣営の意図が読めない参謀は、行き場のない疑問を部下にぶつけていた。
「犬、猿、雉とは何だ?我々と戦うための戦力というわけでもないだろう。陽動にでも使うつもりか?化物の類かと思い、密偵にも確認したが、3匹とも一般的な大きさだと言う。村の者はいったい何を考えているのだ。」
「村も万策尽きたのでは?」
「これからの村の運営が心配だ。ただでさえ略奪できる作物や海産物が減ってきているというのに。」
「村の人間は皆、年寄りばかりですからねぇ。」
「その様な現状で重要な人材を島に送ってくるとは、私には理解できん。」
「それほどに、村の人間は桃太郎を信じているのでしょう。」
「戦闘経験も無い、齢十六の子供をか?」
「出生が特殊ですからね。村では神格化されてるとか。」
参謀は部下からの言葉を聞き、今まで感じていたものとは別の危機感を覚えた。
「桃太郎が情報通りの編成で来た場合、我々の勝利は確実と言ってもいいだろう。しかし、このまま桃太郎を倒しても良いのだろうか?」
「どういうことです?」
「村の士気に関わると思わないか?資源確保の要の村が、桃太郎の敗戦を理由に衰退したらどうだ。」
しばらく考えていた部下が思いついた様に答える。
「我々の食料確保が難しくなります。」
「それだけではない。船や工具を始めとする物品の確保も難しくなる。村を離れる人間も出てくるだろう。現状、鬼ヶ島には技術も資源も足りていない。そんな状況で村が無くなれば、鬼ヶ島存続の危機だ。」
「なら、どうするんです?参謀の策は盤石。桃太郎が協力者を連れてきたとしても、こちらが負けるとは思えません。」
参謀は苦悩するように答える。
「村と鬼ヶ島に関する歴史を調べておいてくれないか。」

対策会議3日目
「桃太郎が犬、猿、雉を船に乗せ、出港したとのこと。海上に他の船は見えず、1時間もすれば桃太郎は前述の編成で鬼ヶ島に到着する模様です。」
「策を講ずるまでもなかったな。」
族長の側近が嘲笑しながら、参謀に声をかけた。
「俺らは戦闘態勢に入る。」
戦闘部隊長が動き出すと共に、皆が動き出そうとした。
「お待ちください!」
参謀が皆の動きを制止するように声を上げる。
「現在、鬼ヶ島は存続の危機に瀕しています。食料や物品は村からの略奪に頼っている状況。しかし、略奪で得られる物資は年々減ってきています。桃太郎がほぼ単独でこちらに向かっていることを考えれば、村の衰退は一目瞭然。反対に鬼の数は年々増えています。この機会に策を打たなければ鬼ヶ島に未来はありません!」
参謀が族長の反応を伺うように顔を覗き込んだ。
「続けろ。」
族長の一言で、皆が動きを止める。
「桃太郎は村の最後の希望と言ってもいい。その桃太郎が負けたとなれば、村はどうなります?」
参謀の問いかけに対し、わずかな沈黙の後、族長が答える。
「希望を失った村は、消えてなくなる。」
側近が弱々しく反論する。
「しかし、村の領地を我々が使えば良いのではないですか?」
参謀は会議の雰囲気が変わったと見て、発言を続ける。
「村人を押しのけてあちらに移住したとしても、農業や漁業の経験が無い我々が暮らしていくことは難しい。移住するにも村人からの技術提供が必要です。」
「鬼に人間どもと同じ仕事をしろと!?村人を我々に従わせればよかろう。」
「希望を失った村人の労働力では、我らの食料を満足に確保することは出来ません。それに、恐怖政治が長く続くとは思えない。協力が必要です。」
「村を拠点に、他の場所を目指すのはどうだ?」
「仮に今までの様な生活を続けるとしても、近隣に他の村は無く、あの村が潰れれば遠征は必須。しかし、遠征のための物資を確保するにも資源が足りません。中途半端な装備ではこちらが遠征先で返り討ちに会うことになる。」
戦闘部隊長が見かねて声を上げる。
「これだけのことを言っておいて、策が無いでは済まされないぞ?」
張り詰めた空気の中、参謀が口を開く。
「桃太郎と交渉するのです。」

桃太郎は密偵の情報通りに、犬、猿、雉のみを連れて鬼ヶ島に上陸した。目の前には、参謀の鬼と武装した二十程の鬼。そして、机と椅子が置かれていた。
「桃太郎殿、よくぞお越しいただいた。」
参謀の声を聞き、桃太郎は恐る恐る刀を抜いて構える。
「見ての通り、戦力の差は歴然。どうかその刀を納めていただきたい。私はあなたと話がしたいのです。」
桃太郎は怯えながらも声を上げる。
「何を話すことがあるというのだ!」
「村の期待を背負ってここまで来たのでしょう。何の成果も無しには帰れない。違いますか?」
「鬼に心配される筋合いなど無い!」
「可哀想に。齢十六で村の期待を一手に背負い、一人でこの島に送り出された。目の前には鬼の軍勢、戦闘になれば死あるのみ。それでもあなたは退かない。それは勇気か、それとも恐怖か。」
「お前たちなど、恐れていない!」
「そうでしょう。あなたが恐れているのは、村の人間が失望する顔だ。」
桃太郎の表情が曇ったのを見て、参謀の鬼は合図を出した。周囲の鬼が武器を下す。
「鬼ヶ島と村の未来について、話をさせていただけませんか?」
参謀の鬼はそう言うと、桃太郎へ椅子に座るように案内する。桃太郎は状況が飲み込めてはいないものの、鬼に敵意は無いと見て指示に従った。

鬼ヶ島会議
参謀の鬼は、接客をする様に話しかける。
「こちらにお越しになった目的は、我々の退治ですか?」
「もちろんだ。」
「しかし、不安ではなかったですか?」
「私は鬼を退治するために育てられてきた。これが私の役目。村の者は皆、私が鬼を退治できるものだと信じておる。」
「そちらの犬、猿、雉の3匹は、お仲間で?」
「道中、団子をくれたらついてきたのだ。戦力ではない。」
「なるほど。お優しいのですね。他に仲間は?」
「おらん。この様な話はよい!村の未来の話というのは何だ?」
桃太郎の緊張が少し緩んできたようだった。
「鬼ヶ島は、存続の危機に瀕しています。」
参謀の鬼は、地理的に作物が育ちにくいこと、野生動物が少ないこと、資源確保を村からの略奪に頼っていること、農業や漁業、工業の技術が不足していることなど、鬼ヶ島の現状を正直に桃太郎へ伝えた。
「それと、私たちに何の関係があるというのだ。」
「あなた方の村も同じ様に悩みを抱えているのではないですか?」
桃太郎にも思い当たる節があるようだった。
「ここへ単身で来たことを考えるに、我々と戦えるような人材が他にいないと見える。」
「確かに、村には老人が多く若者は少ない。」
「村の人材不足は明白。逆に我々は、年々増加しています。繁殖能力が高く、寿命も長い。鬼の生命力には、我々自身も困ってしまうほどです。」
「そもそも村人の減少は、鬼が原因なのだ。お前たちを恐れて村を離れていった者も少なくない。」
参謀は溜め息とともに下を向き、睨む様に桃太郎の顔を見つめなおす。
「ご存じないかもしれませんが、我々がこの島に住みつくようになったのは、あなたたちが原因なのです。」
桃太郎は言葉に詰まる。参謀はこれを好機と見て話を続ける。
「元々我々は村の近くの山に住んでいました。村に危害は加えず、ひっそりと。しかし、そんな我々の集落に火を放ち、この島に追いやったのは、あなたが守ろうとしている村の人間たちです。異形と罵り、身勝手に恐れ、拒絶した。それが50年前の話です。」
桃太郎は、村と鬼ヶ島の過去については知らない様子だった。
「・・・山に戻りたいと?」
桃太郎の声には同情がこもる。
「正直、山に自生する作物だけで我々が暮らしていくことは難しいでしょう。」
「村の作物を分けろと言うのか?それでは今と変わらないではないか。」
「そうではありません。我々が労働力となり、村の農地拡大を目指します。漁業や工業など他の仕事に関しても、手伝わせていただきたい。その対価として、食料や物品をいただければ十分です。」
先程まで行われていた対策会議でのこと。村との協力という提案について、村人に集落を燃やされた当時を知る者たちから反対の意見は出たが、参謀の想定よりも少なかった。鬼たちの中には、鬼ヶ島の現状を憂う者も多く、参謀の意見は若い世代を中心に受け入れられていた。また、現状を変えようと考えていたのは、族長も同じであった。
「その様な提案を村の者が受け入れると思うか?」
「その為のあなた様なのです。」
桃太郎は参謀の真意を掴めていない表情をしている。
「我々が村の者に直接提案したところで、取り合ってももらえないでしょう。脅迫と取られる可能性もある。鬼を恐れたままの村人と協力するのは難しい。そこで、あなた様の出番です。」
「まだ、協力すると決めたわけではない。そちらの要求は何だ?」
参謀は、警戒している桃太郎に、この提案の肝となる部分を伝える。
「桃太郎様には、我々の指揮を執っていただきたいのです。」
桃太郎は驚いた表情で口を開けたまま、しばらく固まっている。
「今回の鬼退治を利用するのです。桃太郎様は鬼退治に成功した英雄として、我々と共に村に戻ります。我々の立ち位置は、これまで略奪した金品の運搬役。退治しただけではなく、鬼を従えたとなれば、桃太郎様の評価も上がることでしょう。英雄の存在があれば、鬼に対する村人の恐怖も薄まるかと。」
鬼退治の成功という提案に、桃太郎の気持ちが傾く。
「お前たちはそれで良いのか。」
参謀は、謀ったかの様に鬼陣営最大の要求を伝える。
「お気遣い感謝します。それでは一つ提案なのですが、村人が我々に危害を加えることを禁じていただきたい。我々が敗者として村に入れば、今までの蛮行の制裁として罵声を浴び、石を投げられることでしょう。そこで、桃太郎様に村人たちへ一声かけていただきたい、“新たな仲間にその様な仕打ちは許さぬ”と。」
「わかった。村人には私から言い聞かせよう。」
鬼退治の成功を約束された桃太郎にとって、村人に直接被害の無い要求は大した問題ではなかった。
「有難うございます。それでは我々は出発の準備に取り掛かりますので、桃太郎様はここでゆっくりしていてください。」

その後、桃太郎率いる鬼たちが村の発展に尽力したというのは、また別のお話。

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