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Days in Newyork:0

 アメリカに行ってきました。
 昨年韓国、中国に仕事で行って、僕の中でそれ以降、久しぶりに海外への想いが高まっていた。それで、今回仕事とは関係無く、完全にプライベートでニューヨークに行こうと思い立った。別にフランスでもギリシャでもアルゼンチンでも良かったような気もするんだけど、僕はニューヨークほど行くだけでわけのわからない刺激をもらえる街を他に知らないので、4回目となるニューヨーク旅行を決めたのだった。
 だがこの旅を予定してしばらくした後にコロナウイルスが発生して、それは日に日に僕たちの生活の中にリアルな影を落とし始めた。それに比例するように僕の気持ちもだんだん塞ぎ込むようになってきた。日本国内ではコンサートや美術館など、殆どのエンタメが閉じてしまった。僕自身の仕事も結構な数のキャンセルを食らった。そんな状況もあって、僕はどうしてもニューヨークに行くしかない、と思い込むようになった。向こうでできるだけたくさん街を歩いて、ショウを観て、文化に触れたかった。
 渡米前のニュースを見るたびに僕は無事にアメリカに行けるのだろうか、という不安がどんどん大きくなった。トランプが数か国の入国制限を検討しているというニュースが出たとき、日本がその数か国に含まれる可能性は高そうだったし、フライトの数日前にNY市長は非常事態宣言を出して「ニューヨークに留学、ビジネスで来ている人で、感染地域から戻って来た人は2週間の隔離措置を行う」と発表した。だがよくよくその声明を読んでみると、どうも旅行者はこの対象に含まれないらしい。しかるべき検疫を受けた後に入国ができる(らしい)ことがわかり、僕は不安を拭い去れないながらも羽田空港に向かった。
 空港はいつもの喧騒が嘘のように静まり返っていた。ANA職員の中年男性が機械でのチェックインの手続きを僕に代わってほぼ全てやってくれた。僕が礼を述べると「いいんです、本当に暇ですから」と彼は少し寂しそうに笑って言った。「お客様の4列シート、きっと他の方は誰も座られないので、どうぞ4席使ってゆっくり寝てください」もちろん彼の言葉通り、本当に空港職員も暇で優しく接してくれたのだろうが、彼の優しさに感謝すると同時に、これは無事にニューヨークに入れそうだな、とここでようやくわずかな安心感を手にすることができた。バゲッジ・カウンターで「お客様はここ1か月で中国、韓国に行かれましたか?」と訊かれた。「ダイヤモンド・プリンセス号に乗られましたか?」とも。勿論答えはノーだ。彼(彼女)らはいつまでこの質問を旅行者に尋ね続けなくてはならないのだろう?
 フライトまでの空き時間で寿司を食べた。客は僕だけだった。朝早かったということもあるだろうが、それにしてもやはり異様な光景だ。大将に「コロナの影響ですか」と尋ねると「100%そうです」という答えが返ってきた。僕は鮪と鯛、シャコとつぶ貝のにぎりを食べ、赤だしを飲んだ。会計を済ませて店を出る時、大将は「ニューヨーク、いいですね。良い旅を」と送り出してくれた。今思えば、僕は空港でたくさんの人々の優しさを、まるで触れられそうなくらいにはっきり感じて、受け取っていたのだ。
 機内は職員男性の言った通り、びっくりするくらいにガラガラだった。CAのほうが客よりも多かったんじゃないか?というくらいだ。僕は機内でスタンリー・キューブリックの名作ホラー映画「シャイニング」の続編「ドクター・スリープ」を観た。ダニーの成長が切ない。オー・ダニー・ボーイ…そして久しぶりに英語を話すことになるなと思い、ぱらぱらと英会話の本のページを繰っていたが、いつの間にか眠ってしまった。もちろん4列シートをフルに使って。エコノミークラスでフル・フラットの旅。悪くない。ぜんぜん悪くない。
 目覚めるともうあと数時間で着陸という頃合いだった。段々とニューヨークが近づいて、眼下にアメリカの街並みが見渡せるようになってきた。ゴルフ場と野球のグラウンドがやたらと目につく。アメリカの街並みは空の上から眺めても楽しい。

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 JFK空港での入国審査は拍子抜けするくらいに簡単なものだった。黒人女性が僕のパスポート写真に興味無さそうに目をやり、僕の顔に目をやり、またパスポートに視線を落とした。
「最近中国に行った?アメリカはグアムに行ってるわね。ところで後ろの女の子は彼女?ただの友達?(Is she a girl friend or just a friend?)」
「いえ、知らない子ですね」
 色々コロナに関することを訊かれると思っていたら、最後の質問がこれである。本当にこの町は非常事態宣言が出ているのか?僕は気が抜けたような気持ちでNYCポーターズに乗り込み、マンハッタンへ向かった。JFKの各ターミナルで乗り込んでくる多様な人種を眺めながら(アジア人は僕一人しかいなかった)、ああ、久しぶりにニューヨークに来たんだな、ようやく僕はそう感じ始めていた。

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