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無意識のレッテル

 ダイビングの資格取得のための実技が終わり、伊豆急行線の川奈駅へワゴンで送ってもらった。特に用事もないので観光もせずそのまま帰ることにした。12:06の熱海行きに乗る。熱海から新幹線こだまに乗る手もあるのだが普通電車で向かうのとでは倍ほどの運賃の差があったので、節約のために普通電車で帰ることにした。「黒船電車」と名付けられた、窓が大きく切り取られた海を一望できるつくりなっている電車に乗り込む。特別料金でも必要なのかと調べたが、通常料金で乗れる電車だった。
約3時間の旅が始まった。初めのうちは外の景色を楽しみながら、海にまつわる音楽を聴いていたが、飽きてしまい周りを見渡す。結構混んできたのに、隣に誰も座らせたくないのか、荷物を座席に置いている人がちらほら見える。70歳ほどの人が「よろしいですか」と声をかけるとようやく荷物を膝に抱え出す人もいた。不用意に周りに意識を集中させてしまうと、勝手に苛立ったり落ち込んだりしてしまう。本当は、その人が隣に誰かを座らせたくなくて荷物を置いたかなんて分からないのに、勝手に「何だあの人は」と憤慨してしまう。そこには「私ならこうするのに何であの人はそれができないのだ」という、ろくでもない自分本位な考えが込められている。

熱海駅でJR上野東京ラインに乗り換えるのだが、乗り換えホームがうまく見つからず、うろうろしていた。その間にトイレを見つけて、今のうち行っておこうと立ち寄った。落ち着いたからか、すんなりとホームのサインを見つけることができ、何だこんな所にあったのかと拍子抜けする。思ったより疲れているのかもしれない。小田原での乗り換えの時には、その疲れが眠気により明らかなものとなった。乗り換え待ちには列というほど人は集まっておらず、前に80代くらいの杖をついた人がひとりおり、後ろには数人並んでいるかという状況だった。杖をもった人は、その立ち姿からかなり歩きづらいのだろうではないかと想像できた。ぼぉっとしていると電車がやってきた。左から右に流れていく車窓をみながら、これなら座れるなと乗客と空席をざっとカウントしながら目で追った。目の前にゆっくりスライドしてきたドアからは優先席が見えた。ドアを挟んだ反対側には普通席の角席が空いている。これならそこに座れるなと思っていたらドアが開いた。目の前のその人が杖をつきながらゆっくりと歩き始めた。そしてストンと私が狙いを定めていた普通席の角席に腰をかけた。

びっくりしてしまった。私はその人が優先席に座ると思い込んでいたのだ。そんなの、近くて座りやすい位置にある席に座るに決まっているじゃないか。というより、好きな席に好きに座るに決まっているじゃないか。こういう自分本位の考え方は、今この場で気づいただけであって、無意識に生活のあちこちで態度や言葉に出ているものである。ぐるぐるとそんなことを考えているうちに、新宿に着いてしまったということはなく、考えているうちにどうしようもない眠気に襲われ、それはさらに私を情けない気持ちにさせた。眠気と戦っているうちに、新宿につき、乗り換えてそのまま銭湯に行った。少し元気になったのと眠気が飛んだので友人と一種に夕飯を食べに出かけた。その日は、この出来事を忘れたり思い出したりしていた。


その胸オレに貸してくれ 第16回 無意識のレッテル

おねがい

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