マスクと献血の話をしたい。
最初に結論を書きます。献血ルームではマスクを着用しない限り献血不可なのだと分かりました。
献血できる身体であり、献血回数73回で献血そのものが習慣化していましたが、運営母体である日本赤十字社の「マスクをする人は献血可能」「マスクをしない人は献血不可」という発想はとても残念に感じます。さまざまな報道によると、献血者が減っていて、輸血用血液の不足も深刻化しているはずなのですが。
健康体を維持する自分としては、献血を通じてひとつの社会貢献をできたらいいなという思いがあります(裏目的として「成分献血の時間を読書に充てたい」という考えもありますが)。そんなわけで、成分献血は3〜4週に一度、400ml献血は半年に一度、専用Webサイトから都度予約して、献血ルームに足を運んでいました。
「素顔で献血」は許可されない
昨日、予約していた成分献血をするため、献血ルームへ行ってきました。これまでは熱いし苦しいと思いながらも、我慢して入口でマスクをつけていたのですが、つけないままで行ってみました。エントランスでの予約確認や検温、消毒、受付やタッチパネルでの質問事項回答までは、マスクについて何ひとつ言及されることなく進み、医師の問診を待つよう言われ、待機。ここまでいつもの流れです。献血ルームもついに「マスク着用は自由」になったのかなと思いきや、全くそんなことはありませんでした。受付のスタッフが小走りでやってきて、不織布マスクを手渡そうとしてきます。
こんなやりとりをしました。「やっぱりそう来ましたか」という感想を抱きました。マスクをしない意思を示すと、いろいろな意味で残念な展開になるだろうなと予想していたので、ノートPCを持参しており、次の予定までの空き時間、近くのカフェで仕事をしたのですけれど。そんな予想が的中する現実が虚しいです。
私は献血ルームにおいて下記を守る人間だと自認していますが、現時点でマスクをしないことは「献血ルーム内の秩序を守らない」に該当してしまうのでしょう。
「黙飲」で度々マスクに触れるのは衛生的なのか
先述の「衛生管理」という言葉を受けて考えました。私は10代の頃、献血が趣味のひとつである父に連れられて、地元岡山で献血ルームに行って以来、今日まで合計73回献血をしています(父に献血カードの写真をLINEで送ると「驚きました。父は50回で終了しました」と言われました)。数年空いた時期もありますが、近年は冒頭のような頻度で行っています。
父の趣味を受け継いだのか(?)旅先や滞在先で献血ルーム訪問予定を入れることも多く、東北から九州までいろいろな献血ルームに行って献血してきました。自販機の中身や献血終了後に提供されるアイスなどのおやつが、献血ルームによって多少異なるくらいで、仕組み自体は変わりませんが、内装やちょっとした違いなどの個性を見るのが楽しいのです。
さて、衛生管理とは。先のやりとりからは、マスクをすることが衛生管理における超優先事項であるとの考えが伝わります。ただ「マスクをしていれば、他はOKなの?」と疑問に感じることはいくつかありました。
「4 献血会場における新型コロナウイルス感染症に対する取り組み」のPDFを見ると、「献血会場にて使用する機材は日々、消毒液を用いて清掃しています」とあります。「機材」という単語が広義で用いられているとすれば、上のタッチペンや資料、リモコンなどを含んでいるのかもしれませんが、一般的に考えるとそれらは機材に該当しないようにも思います。
こういうことを長々と書くと「性格の悪い奴だ」「あら探しばかりしている」と受け止められるかもしれません。私の性格はさておき、「マスクマスク」とマスクへの強いこだわりを感じる一方で、上記に関してはどのような見解を持っているのかは気になります。
輸血用血液は足りていないはずなのに
ただ、今回の一件で私が一番言いたいのは、「輸血用血液、足りてないですよね。昨日の私の分も貴重な血液として確保した方が、輸血を必要とする誰かのためになったのでは? そうした方が、あなたたちが使命として掲げる『人間のいのちと健康、尊厳を守ります。』の実現に近づいたのでは?」ということです。「定期的に献血予約をして献血ルームに来る“献血習慣”がある人が、マスク着用義務を理由に献血不可とされ、その流れで“献血離れ”したらもったいなくないですか?」とも言いたいです(マスクすれば献血できるんだから、スタッフに従ってマスクすればいいだけじゃん、という意見もあるでしょうが、そういう次元の話ではない)。
「献血 減少」「輸血用血液 減少」などと検索すると、日本全国あらゆる都道府県で献血者数が減少し、輸血用血液の確保ができず、他都道府県の在庫に余裕のあるところから取り寄せてなんとか凌いでいる、という報道が大量に出てきます。日本赤十字社も度々ニュースリリースを出して、献血者減少の事実と献血への協力を訴えています。
2021年8月
2021年4月
2022年1月
大病院で勤務医をしているパートナーに聞いても、現場で輸血用血液は十分にあるとは言い難いといいます。血液は手術の他、白血病など血液疾患を持つ患者の治療にも使われます。手術においては、手術時の出血に備えて事前に採血・保存しておいた自身の血液を輸血(自己血輸血)する人もいますが、医療現場では突然の事故や突発的な症状により運ばれてきて、緊急手術に到ることも少なくありません。
彼の病院は救命救急センターを備えていて、救急の支援に駆けつけることもあるため、際どい現場も多数経験してきたと思われます。病院で輸血用血液が不足しているなか、緊急を要する事態でセンターに運ばれたとしても、血液が間に合わないからという理由で、手術待ち(輸血用血液待ち)をしなければいけない患者も出てきて、命を落とす可能性もあるわけです。こんな深刻な報道もあります。
日本赤十字社のHPを見ると、献血者数・献血量は増えていて、供給本数は減っている状態でした(令和2年までの直近5年のデータ)。
「献血」という事象だけで見ると、戦略的なメディア展開・広報活動などで、献血者数・献血量増を実現しているのは「成果が出ている」と言えるのかもしれませんが、世の中を広い視野で見ると、献血者数・献血量をまだまだ増やす必要があると考えられます。
輸血で困る患者を減らすのが「目的」じゃないの?
Twitterで「マスク強制 献血」「マスク強要 献血」で検索すると、献血ルームで課せられるマスク着用義務を理由に、献血から遠ざかっている「献血習慣のある人たち」が結構いることが分かります。
そもそも、採血中は看護師が度々様子を見に、採血ベッドまで来てくれますが、本来は「献血者の顔色」もチェックしていました。血液中のヘモグロビン量が減少すると、体内の至るところが酸欠状態になって、顔色が悪くなると知られています。採血の最中にそういう異変が起きてないか、採血装置の動作確認だけではなく、献血者の様子も観察しているわけです。その際、露出している最も大きな皮膚は顔であり、顔色は主要な判断材料だったともいえます。
マスク着用が義務になったことで、本来すべきとされていた顔色のチェックは到底できない(鼻と口を覆うと目から上のわずかな皮膚しか見えない)わけですけれど、昨日のやりとりや献血ルームに来た特典として、結構な予算を投じて製作したと思われるマスクを配っているのを見る限り、献血ルームでのマスク着用は当分続くのだろうと想像します。と同時に、芸能人とのコラボマスクで客寄せか……と思うと目眩がします。
献血ルームは病院ではありませんが、医師会トップが未だにこういうコメントをしているくらいですし、この手の「ただただ利権を守りたいという目的を掲げ、世の中を扇動している権力者っぽい人」の言うことを頑なに守るのだろうと思います。
まとまりなく長文を書いてしまったので、このあたりでそろそろ終わります。
根本に立ち返ると、献血ルームの「目的」は、献血者というボランティアから輸血用血液を確保して、輸血を求める患者に使ってもらい、命を救う・つないでいくことのはずです。
いろいろな理由や考えがあってマスクをしない、マスクできない献血者を「献血ルームで敷いたルールを守らない、献血すべきではない人。献血お断り」としてはじいて、彼らの善意や血液を無駄にするのは機会損失ではないでしょうか。何より「輸血待ち」となってしまう患者が気の毒です。
何が本質的なことなのか。何を優先すべきなのか。「マスクはルールだから」という思い込みに捉われず、そういった視点を持って物事を考えていただきたいなと感じた出来事でした。
マスクの意味や正しい使い方、弊害などについてはこちらを
4/23追記(コメント紹介)
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