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わたしの愛しいご主人さまたち #01 カント<あちらに移住組>②



うちに入れる前から、カントのお口のにおいは気になっていた。

初めてカントを獣医に連れて行ったときに、真っ先に獣医から指摘されたのが、口内炎の酷さだった。そして去勢手術を行う際に「麻酔をかけているついでだから」と、グラついている数本の歯を抜くことを勧められた。言われるがまま、その通りにした。口内炎が酷い子は、ウイルス性の怖い病気(FeLVとかFIVとか)がまず疑われるのだけど、カントはいずれも陰性だった。

うちに入ってからしばらくは、この口内炎との闘いだった。抜歯直後はめちゃくちゃラクになったようで、見たことないぐらいの勢いでモリモリとごはんを食べていた。が、それも長く続かず。小さくなっていた口内炎はすぐ大きくなってしまう。抗生物質、ステロイド、サプリ…ごはんを食べなくなるごとに獣医に駆け込み、それらを投与し、その場をしのいでいった。

ある年の夏の日。2010年くらいだったか。
仕事から帰宅してふとカントを見ると、耳が!裂けてる!ペローンと!慌てて、ギリギリ午後の診察時間が終わっていない獣医に連れていき、処置をしてもらった。で、だ。そこの獣医さんも、裂けた耳のことより口内炎の酷さにわざわざ言及してきたのだ。そして「全抜歯」することを強く勧め、その獣医さんご自身の後輩に凄腕の先生がいるとのことで、その先生がいる獣医を紹介してくれた。

紹介されるがまま、そのねこ専門の獣医にカントを連れて行った。「全抜歯」についてその凄腕と言われる先生も異論はなく、カントの全抜歯スケジュールが着々と進んでいった。
「全抜歯」手術はかなり時間がかかった。てこずったようだ。おまけに、その1回の手術で全て抜くことはできず、中でもマシな数本をそのまま口内に残さざるを得なかった。それから1年ほどしてからだったかな、残りの歯を抜くためにカントは再び手術を受けたのだった。

歯が全部なくなってからのカントはすこぶる快調だったようだ。お口が痛くてごはんを食べなくなる…ということが一切なくなった。

2017年2月15日、カントは寒い朝に突然死した。
本当に突然のお別れだった。朝ごはんを出す直前で、「早くー!ごはんをー!くださいーーーー!!!!!」と言いながら、50cmほどの台の上から床に倒れ落ち、そのまま絶命した。わたしは「倒れ落ちた」瞬間、その場から離れたところにおり、目撃した息子が「おかーさん!カントがやばい!!」と珍しく慌てた様子で大声でわたしを呼んだのだ。ほとんど慌てたり焦ったりしているところをわたしに見せたことがない息子。その息子がこんなに慌てている。ただゴトではない。

床に横倒しになったカントが視界に入った瞬間、あぁ、これはもうダメだ、と理解した。目も口も開いたまま、それらを動かそうともしないカントをそっと抱き上げ抱きしめ、思わず叫んだ。
「まだ行かないで、まだ行かないで、お願いだからまだ行かないで!!!!!!」
その叫びは虚しく響くだけだった。カントから最後のおしっこが出てきて、もうどうがんばってもカントが再び動き出すことがないことを思い知らされた。

その後しばらく、わたしは完全にいわゆる『ロス』状態で精神がぼんやりしていた。不意をついて、涙がこぼれてくる。身体にあいた穴ぼこが何をしても埋まらない感じで、こころがいつもスースーしていた。

そう言えば亡くなる前日、出かける準備をするわたしの膝に乗ってきて邪魔者扱いされていたっけ。カントを膝からどけて、なんかこころがチクッと痛かったから、詫びるように「カント!」って名前を呼んだっけ。呼んだら飛びきりの笑顔で「ニャーーー!」ってお返事してくれたっけ。

ねこに全く興味がなかったわたしが夢中になった子。見た目が本当に美しく、娘とはよく「ニンゲンだったらオーランド・ブルームだよね!」と言っていた。見た目と性格から『王子』と呼んでいた。いつも誰かの膝の上に陣取り、夜は誰かの布団に必ず潜り込んでいた。ケンカが強いわけじゃないのに、カントは確実に他ねこから一目置かれていた。誰も逆らわないし、下手にたてつかない。今うちにいる子たち全て含めても、カント以上に特別感がある子はいない。

今、無知な頃のわたしを思い返すと、カントの突然死は起こるべくして起こったのだな…と感じる。繰り返し頻繁に投与した抗生剤、ステロイド。全猫生で3回もの麻酔。それらがどうカントに影響して何を起こしたのか、なんていうことはもはや知る術はない。だけど、わたしの当時の意識のあり方によって、カントを短命にしてしまったという実感はいつまでも残っている。

今もし、お口の痛いカントが目の前にいたら、こうしたいああしたいと施してみたい手当てが、数えきれないくらいある。他ねこの誰かに何かが身体的に起こる度に、わたしはカントを思い出す。カントがあっちに行っちゃって、もうすぐ5年。そのくらいには、わたしも学ぶことができた。

カントはね、きっと毛皮を着替えて再びわたしの元へ…っていうことはないはず。きっとあっちでわたしを待っている。
わたしがあちらにいったらば、毛皮もそのままで、あの独特の甲高い声でわたしにこう言うはずだ。

「おかーさん、遅い!!!あんときのごはん、持ってきてくれた???」

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