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わたしの愛しいご主人さまたち #02 トーノ<あちらに移住組>

トーノのことは書くか書くまいか、とても悩んだ。

トーノは、カントがごはんをもらっていた空き地に突然現れた子ねこだった。自分が関わっているねこたちの相関関係もバッチリ知っているN村さんも、トーノの出現に少し困惑気味だった。あまりにも突然現れたから。

トーノは、すでにできあがっているカントご一行のコミュニティに怯むことなく臆することなく、グイグイと入り込んできて、ちゃっかりN村さんからごはんをもらっていた。かわいすぎる。

ある日N村さんから電話が入った。トーノの具合が悪いので獣医に連れていったものの、このまま外に放すのが心苦しくて、できたらわたしに預かってもらいたい、との内容。わたしは二つ返事で承諾した。

うちに連れてきたトーノは、思いの外元気そうだった。カントがいるのがめちゃくちゃうれしかったようで、執拗に追い回し、しまいにはカントにマジギレされていた。オトナねこって賢明だから、あんまり子ねこにマジギレしないんだけどね…
そして、ニンゲンに甘えまくる。とにかくずっと触っててもらいたいよう。膝に乗ったらしがみついて、意地でも離れようとしない。かわいいなぁ、子ねこは。…そんな日を数日過ごしたのち、トーノは一気に具合が悪くなった。
下痢と嘔吐が止まらない。もちろんごはんも食べられない。見兼ねて、獣医に連れていった。

診察をした先生は、深刻な顔でわたしに言った。予断を許さない状況です、と。わたしは、まさかそんなに状態が悪いなんて思っていなかったので、面食らってしまった。その日からトーノは入院治療となった。

翌日、仕事帰りに面会に行った。状況はあまり好転せず。トーノはグッタリとお部屋の中で横たわっているだけだった。依然厳しい状況であることを先生から告げられた。

その翌日の面会の際、先生がトーノをお部屋から出して、わたしに会わせてくれた。ちっちゃいトーノ。数日前は、あんなに元気でぴょんぴょんしてカントを追い回していたのに…。力のないトーノを目の前にして、撫でることしかできなかった。
帰り際。わたしが立ち上がると、トーノはわたしの目をしっかり見つめて、それはそれは大きな声でニャー!と鳴いた。未だにその時の表情も覚えている。獣医を後にする足取りの重さも未だに覚えている。

その次の日。
仕事に向かうため駅のホームに着いたとき、獣医からの電話が鳴った。…トーノが今息を引きとった、と。わたしはすぐに職場にお休みの連絡をし、踵を返して獣医に向かった。早くトーノを迎えに行ってあげなきゃ。


ちっちゃいトーノ。もう動かない。


昨日のニャー!は、「もうおうちに帰りたい!」だったんじゃないのかな、と思ったら後悔と懺悔と悔恨とそれらが全部あわさって巨大に膨らみ、もう動かないちっちゃいトーノの前で「ごめんなさい、ごめんなさい」と嗚咽することしかできなかった。

おうちに連れて帰り、翌日荼毘に付した。ちゃんと送りたいという思いが強く、ちゃんと葬儀をしてくれるところにおねがいした。娘と息子とわたし、3人で号泣した。

一緒に暮らしたのはほんの1週間ほどだった。あまりにも短い時間だった。
…だから、書くか書くまいか悩んだのだ。

ただ、トーノの死は、明らかにわたしを変えたと断言できる。

まず、わたしはあり得ないぐらいのニンゲン嫌いになった。こんな小さな命ひとつ守れないで、ほんとにニンゲンなんか全員クソだな!!!(自分含む)と常に胸に抱くようになった。この頃わたしはものすごく荒んでいた。笑
そして、N村さんがごはんをあげているカントの弟妹たちを、なるべく早くうちに入れようと、心に決めた。もうすぐ冬になってしまう、その前に必ず。

ちっちゃいトーノ。
今、手元で写真が見つからない。白い毛皮でオッドアイ。とっても神秘的な見た目、なのにヤンチャがすぎる子。かわいかったなぁ。かわいかったんだよ。

実は1年ちょっと前に、トーノに会った。「会った」というのは語弊があるな。わたしの傍にいる(わたしには見えない)トーノに気づいた人がおり、その人経由でトーノからのメッセージを聞くことができた。
「大丈夫だよ」
トーノはそう言っている、と教えてくれた。それまでに幾ニャンかの看取りをしてきた中で、唯一後悔しか残っていなかったのがトーノだった。だから、安心した。ようやく安心できた。ありがとう、トーノ。

子ねこって本当に危なっかしい。あっという間にかっさらわれるリスクが、あちこちにある。わたしは実は、「子ねこを保護」というのはトーノ含めて2度しか経験をしていない。2度目の保護の際、ワケあって1日だけ獣医でお泊りさせてもらったのだけど、目やに鼻水で顔中ガビガビになっているその子を見た獣医が「明日迎えに来るときに絶対生きているという保証はできない」と言い切ったのだ。そのときはその言い振りに納得いかなかったのだけど、今ならよくわかる。獣医は当然わかっていたのだ。子ねこがいかに儚いかを。命のともしびがあっけなく吹き消されるのかを。

今はもう物質としてここには存在しないトーノ。こうやって思い出しながら書くと、いろんな映像がわたしの中に甦る。

トーノのかわいい姿を全力で思い出すことができたから、やっぱり、書いてよかったなと思う。1週間ぽっちの一緒の時間だったけど、わたしたちは家族だったのだなと、今になってひしひしと感じることもできたから。

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