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この世の終わりコーディアルを作るカスのおじさん。


この砂糖漬けのおじさんを見よ。

 おじさんはコーディアル(シロップ)づくりが好きだ。世に酒カス、ヤニカス、パチンカスという言葉があるのであれば、脳みそが砂糖とハーブで漬け込まれたこのおじさんはコーディカスである。
 糖尿病まっしぐら、でもやめられへんねん。見ろよ、この体、ぶよぶよだろ。BMI34もあるんだぜ、これ。ニーチェもびっくりだぜ。


始まりは金欠であった。

 金のないおじさんは、学生の頃、大学に生えていた謎のミントを取り、ミントシロップを作っていた。
 砂糖と水、シロップ、その辺のミントがあればできるのである。
 後は冷蔵庫で冷やした水道水とレモン汁を使ってミントジュースを作って、夏をしのいだ。
 フランス気取りのおじさんはこの浮浪者じみた行動の末に生まれたジュースを「menthe à l’eau」といって飲んでいたのである。学生も教職員も羨望のまなざしで見ていたのは記憶に新しい。

 大量のシロップは夏を越しても余ったので、湯むきしたプチトマトでコンフィチュールを作って、ミントシロップでゼリーを作った。
 それを文芸部の部室で貪り食いながら、占拠する謎のTRPG集団を奇声を上げながら威嚇していたのは今でも大切な思い出である。(今思えば、あいつら部員でもないのにどこから湧いてきたの? なにあの30代のおじさん。怖っ。)


コーディカスおじさん、砂糖漬け中毒になる。

 それからおじさんはコーディアル(シロップ)づくりにハマり、コーディカスとなった。
 レモン、ライム、リンゴ、イチゴ、ルバーブ、ショウガ、セロリ、トマト、玉ねぎ、めざし、なんでもコーディアルにしていた。正直、頭が決まっていたのでなんでもやった。人間性を砂糖に溶かした人間はついに「脳みそおしまい」になっているので、なんでもやるのである。

 大学から追い出されるように卒業した後も、おじさんの頭の中は砂糖と瓶のことばかりであった。
 そして、金がある今、あの頃の敵とばかりにコーディアルを作っているのである。様々なものを試した。

 シロップ、とりわけ水が炭酸水で割るシロップに合うものは大概決まっている。さわやかでボタニカル、草っぽいものが合う。おじさんは苦くて酸っぱくて青臭いものが好きであるから、レモングラスやショウガなどをいろいろ試したが、ハーブがきつすぎると飲用にはあまり適さない。
 香りという点では良いのだが、喉を越すときの充実感は思ったよりも低いのである。鼻から抜けるだけではハーブウォーターとさほど変わりはない。ネットによく転がっているレモンハーブコーディアルも、レモンの果実のうま味や酸味がなければコーディアルとして成立しない。ハーブだけの場合は大量のハーブが必要である。

 そして、行きついた先は野菜であった。どこでも手に入るし、日本の野菜はうま味も強い。とりわけセロリとトマトである。
 さわやかさを演出するセロリの青臭さと、果物の酸味をうまくまとめるトマトのうま味が最高のシロップの出来を左右したのであった。
そして、行きつくところまで行ったおじさんは、最高傑作、レモンとライムとショウガとセロリとトマトのハーブコーディアルを作るともうこれ以上のものはできないだろうと思った。
 夏の夕焼け。風呂で冷水を浴びて、タンブラーに入れて氷と水でコーディアルを薄める。8分立ての生クリームのように角が立ちあがった入道雲を見ながら飲むハーブコーディアルは最高であった。
 そして、レシートの長さとそこに書かれた金額を見て、唸るのである。
 ――うむ。コスパが悪いと


コーディアル、それは予算との闘い。

 おじさんの青い日々はコスパという壁に阻まれたのであった。よく考えてみれば野菜も微妙に高い。それをわざわざ買ってきて砂糖漬けにして、その汁だけ使っているのだから、もったいなくて当然である。
 結局世の中、金である。じゃあ、これでコーディアル二本も買えるじゃんと思うとあほくさくてたまらなかった。ユウキ食品のハーブコーディアルはものすごくうまいから、みんな買おう。ちなみにコーディアルの本場はイギリスらしいぞ。(イギリスはなんでもかんでも本場だな)

 そうして、おじさんは最低予算で脳が決まるコーディアルを求めた。味とか香りとかどうでもいい。脳が決まればいいのだ。脳みそがあへあへするかどうかが問題だ。
 健康は知らん。
 あなたは大盛のかつ丼(ミニそば付き)を食うときに健康を意識しますか?
 しません。それと同じです。
 おじさんはストレスで肝臓をヤッて死にかけたことがあるので、肝臓に爆弾を抱えている。なに、即死の可能性がある? そんなもんは知らん。肝臓よ、ついてまいれ!

コーディカスおじさん、12年目の解答

 コーディカスおじさんはできるだけ、低予算で脳が決まるクオリティが高いコーディアルを考えた。
 そして、究極的に、ありとあらゆるパフォーマンスを考えるとショウガに行きついた。
 ショウガはそれ単体でパンチがある食材である。このわかりやすさは武器である。
 そして、なによりも少しスーパーを回れば、お徳用パックがあるので、量が手に入って安い。小さいパックはともかく、500gの塊になると途端に安くなるので、年中使い回すことができる。
 ショウガはハーブや果実(特に柑橘や桃など)、野菜などと相性が良く、何を添加しても良い。
 さらに合わせる飲み物も、水、炭酸水、牛乳、お茶などと汎用性がかなり高い。
 こうしておじさんは、ショウガを軸に脳がきまるコーディアルを作ることに決めたのであった。

(続け)


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