#12 咳と現実感
私は演劇が好きだ。
演劇を観るとき、没入感というものはとても重要だと思う。少なくとも私にとっては。演劇が好きだからこそ、神経を集中させて全身の細胞ひとつひとつ全てで演劇を感受したいと思うのだ。
ある日の観劇で、通路を挟んで同じ列に座る子どもがコンスタントにずっと咳をしていた。
いくら周りが真っ暗な中で照明の当たる舞台に集中してお芝居に引き込まれて観ていたって、咳が聞こえれば脳のいくらかの部分は咳のする方向に持っていかれる。今まさに目の前に演劇という臨場感のある世界が存在しているのに、咳のおかげで何度も何度も現実に引き戻されてしまった。
これがもし大人だったら私は幕間に劇場スタッフに声をかけてしまうくらいには咳をしていた。
こんこん、とかではない。
こんこんこんこんげほげほげほげほ、だ。
そんな子を連れて来る大人もどうかと思ってしまうよね。前々から予約していたのかもしれないし、子どもに良い舞台を観せてあげたかったのかもしれないし、夏休みの楽しい思い出を作ってあげたかったのかもしれない。
それも想像できるけど、残念ながらその日の私の観劇体験はぼやぼやとして輪郭のないものになってしまった。
咳という日常に溶け込むものが演劇空間に置かれた瞬間に、現実感を何倍にも増してくる。
子どもの咳に不満が募る自分が嫌だった。
集中し切れない自分もなんだか悔しかった。
だけど、咳にとても現実感があることは、演劇でリアルを追求することに繋がりそうな気がした。
この現実感を少しずつじっくりじっくり探っていってみようかな。
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