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エドワード・ゴーリー『ギャシュリークラムのちびっ子たち』


先日、ゴーリーの絵本の新訳がでるというニュースに接して再読。

世に“大人が読んでも面白い絵本”は数あれど、“大人のための絵本”は多くありません。その数少ない“大人のための絵本”を書き続けたのが、エドワード・ゴーリーでした。

ゴーリーの作品は柴田元幸さんの翻訳によって日本に紹介されているのですが、本書は最初に翻訳された3冊の中のひとつ。ゴーリーらしさが端的に表れていて、ファンの中でも特に人気の高い作品です。

その内容はいたってシンプル。26人の子ども達がアルファベット順に次々に理不尽な死を迎えるというものです。子どもが順に退場していく、といえばマザーグースの「10人のインディアン」を思い浮かべる方が多いかもしれません。アガサ・クリスティの代表作の一つ『そして誰もいなくなった』のベースとなったことでも知られる童謡ですが、ここに出てくるインディアンは全員死亡している訳ではありません(クリスティは歌詞を改変して、彼女のオリジナルとして使用しています)。一方、本作は例外なしに全ての子ども達が死亡しています。ひたすら死の模様が描かれる本書を読み進むにつれて、私が連想したのは「10人のインディアン」の他に、吉岡実「僧侶」でした。

「僧侶」



四人の僧侶
庭園をそぞろ歩き
ときに黒い布を巻きあげる
棒の形
憎しみもなしに
若い女を叩く
こうもりが叫ぶまで
一人は食事をつくる
一人は罪人を探しにゆく
一人は自潰
一人は女に殺される



四人の僧侶
めいめいの務めにはげむ
聖人形をおろし
磔に牝牛を掲げ
一人が一人の頭髪を剃り
死んだ一人が祈祷し
他の一人が棺をつくるとき
深夜の人里から押しよせる分娩の洪水
四人がいっせいに立ちあがる
不具の四つのアンブレラ
美しい壁と天井張り
そこに穴があらわれ
雨がふりだす

(後略)

書法は異なるものの、この作品を連想したのは「憎しみもなしに/若い女を叩く」の一節によるものでした。ゴーリーの絵は細い線でみっしりと描かれた線画で、描くことの情熱なしにはできないことだと、絵の素人ながら思うのですが、完成された絵からは作者の情念が一切感じられないのがおそろしい。子ども達の死を悼む気持ちも、嗜虐的な感情も私には一切伝わってきません。ならは無味乾燥なのかというと、そうではなくてある種の黒いユーモアが漂っているように思います。それによって、本書は幾度も読み返さずにはいられない、中毒性の魅力をはらんでいるのではないでしょうか。

ゴーリーの絵本は読者の心を映し出す黒い鏡なのです。

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