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ピエール・ド・マンディアルグ『黒い美術館』

ようこそ黒い美術館へ。血とエロスに溢れたマンディアルグの美の世界を体験してもらうべく、本館の誇るキュレーター、生田耕作が自信を持って選び抜いた5篇を味わっていただきます。

自傷する18歳の女性の白い肌、白い陶器の浴槽と鮮血の赤の対比が印象的な「サビーヌ」、満潮の高まりと主人公が16歳の従妹の口内へ“至福をぶちまける”瞬間が同期する「満潮」、珍しくファルス調の「ビアズレーの墓」もそれぞれ読み応えがありますが、今回案内人である私がお勧めしたいのは「仔羊の血」と「ポムレー路地」でございます。

倉橋由美子の短編集に『大人のための残酷童話』がありますが、「仔羊の血」は、まさに“残酷童話”と呼ぶのがふさわしい逸品。大好きな兎を家族にシチューにされてしまった14歳の少女、少女を羊小屋で暴行した後自ら首を吊る黒人、そしてその後少女が取った復讐・・・と、強烈なイメージが心理描写を排し、どこまでも冷静を保った精緻な文体でつづられて連なっていく様は、小説というよりも、血で染められたダリやデルヴォーのシュールレアリスム絵画を見ているような気持にさせられます。なぜ羊小屋なのか、黒人はなぜ首を吊らなくてはならなかったのかを問うても意味がありません。ここではストーリーはイメージとイメージをつなげて、マンディアルグが望む美を表現するためだけに存在するからです。

「ポムレー路地」は実在する地名ですが、マンディアルグによって描かれた路地に迷い込んだ私たちが見るのは、まさしく異界に他なりません。ショーウィンドウに並べられた殺し石鹸、蛇帽子、下痢座布団、見えない糊、電気指輪といった謎のオブジェの数々。砂糖のリストにしても悪魔の目玉砂糖、泳ぐ蠅砂糖、色紙テープ砂糖、亀砂糖、象砂糖といった奇怪な名前がずらりと並ぶのです。そんな中、語り手は謎の女性に導かれてポムレー路地を外れ、とある家に入り込むのですが、そこで彼が遭遇したのは“豚のからだに赤いペルシャ猫の柔らかい毛皮をかぶせ、尻尾を切り取り、たいそう大きな猫の頭と、美しい髭と、猫族の美しい耳を取りつけ、ただし豚の足と、双方の動物に共通にそなわった小さな眼だけはそのまま残されているように見受けられる”奇妙な生物でした。そして語り手は謎の女性によって鰐人間とされて・・・とここでも私たちは現実をこえた異形の世界を体験するのです。

読者におもねることなく、独自の美を追求したマンディアルグの世界、万人受けはしないことは百も承知ですが、上質のコニャックをストレートで味わうような酔い心地を文学で体験したい方に強く推薦したいと思います。なお、おきに召した方にはもうひとり当館が誇るキュレーター、澁澤龍彦による『城の中のイギリス人』や『大理石』といった傑作を別館にてご用意していますので、ぜひともお立ち寄りください・・・。

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