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ジョージ・ソーンダーズ『短くて恐ろしいフィルの時代』

舞台は国民が一度に1人しか住めない極小国家〈内ホーナー国〉とその周りを取り囲む〈外ホーナー国〉。ある日、ただでさえ小さい〈内ホーナー国〉の領土がさらに縮小するという椿事が勃発。これによって不法侵入問題が発生します。

その時、これまで平凡な男と思われていた主人公、フィルが不法侵入者から税金を徴収することを提案し、さらに脳がラックから滑り落ちて地面に落下したとたん、声高にヒステリックに過激な排外主義を主張します。これによって他の〈外ホーナー国〉国民の支持を得たフィルは急速に出世街道を駆け登り、ついには物忘れのひどくなった大統領に取って代わり大統領に就任。さらにマスコミも味方につけ独裁者として君臨するが…という物語です。

独裁者像をカリカチュアライズした寓話として読めるのはもちろんなのですが、作者の奇妙な想像力が単なる図式的な風刺作品にとどまらない魅力を与えています。〈脳がラックから外れて落ちると、急に熱狂的な演説を披露する〉という設定は、ヒトラーに代表される独裁者のアジテーションを痛烈に皮肉ったものと解釈できるのですが、この作品の特色は「脳がラックから落ちる」という表現が比喩ではなく、文字通りの状況を示していることです。

本作を読み進めていくうちに、読者は登場する人物が、全て機械の部品や動物、植物の一部を組み合わせてできている、奇妙な生物たちであることに気づいていきます。読みながら私が連想したのは、狂気に侵された文房具たちが続々と登場する、筒井康隆の傑作『虚航船団』でしたが、本作の生き物たちはそれをさらにコミカルにしたような印象を受けました。

こうした生き物たちを登場させた作者の意図は知る術もないのですが、これによって本作は先述した通り、図式的な寓話、風刺であることを超えた、ユーモアと、シュールな味わいを持つ作品となりました。さらにそのことによって、普遍的で象徴的な独裁者像を描くことに成功しているのです。
笑いと恐怖と、ほんのわずかな切なさが絶妙にブレンドされた、大人のおとぎ話の逸品といえるでしょう。

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