(昔話) ゴリラくん

当時の退勤時間は19時半と、少し遅めではあったが、それでも帰宅ラッシュから逃れることはできず、わたしは乗り換え駅の通路を人にぶつかったりぶつかられたりしないようにゆっくりと歩いていた。
仕事で疲れた心身にこの状況は、毎日うんざりさせられていた。

「すみません」
ふいに声をかけられて立ち止まる。
「どこまで行きますか?
よかったら一緒に行きませんか?」

声の主は、ちょっとヤンチャそうなお兄さんの二人組。

「あ、改札まで行きたいんですけど」

正直に言ってしまうと、その通路はかなり慣れた場所だったので、一人でも改札までは行くことはできた。
でも、こんな言い方をしたら失礼だけど、人助けになんて興味なさそうな雰囲気のお兄さんたちの意外な言葉に、なんとなく、試しに甘えさせていただこうかと思ってわたしはそう答えた。

「大丈夫ですよ。俺につかまってください」
お兄さんAが腕を差し出してくれた。

そこに手を添えさせてもらって気づいたが、少し酔っているのか体がゆらゆらしている。

大丈夫かな?
君のほうが転んでしまいそうだけど。

だけど、普通に歩くことは大丈夫みたいだ。

「こいつ、ちょっと酔ってるんで、うるさくてすみません」
と、お兄さんB。
やっぱりそうか。

「俺、昔足をけがして歩けなくなったことがあって」
かまわず話すお兄さんA。
「だから困っている人見かけたら声かけることにしてるんです」
そうか、なかなか気持ちの良い人じゃないか。

「こいつ、いい奴なんですよ。ゴリラみたいだけど」
と、お兄さんB。
「そうなんですか?
でもほんとに親切ですよね」
答えるわたし。
「でも、ゴリラですよ」
追い打ちをかけるお兄さんB。
「お前うるせーよ!」
お兄さんA改め、ゴリラくんが大声を出す。
わたしは笑って見せた。

その後も、二人のお兄さんたちは賑やかにおしゃべりをしながら、結局改札の中まで入ってホームまで送ってくれた。

優しいゴリラくん、君の行動はとてもうれしくて、うんざりしちゃう帰り道を明るくしてくれたよ。
お兄さんBは、酔っぱらった彼をちゃんと送り届けてくれたかな。
それとも二人でもう一軒寄り道したのかしら。

ありがとう。

こういうちょっとした出会いが楽しくて、わたしは一人で歩くことがそれほど嫌いじゃない。

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