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『ペイン・アンド・グローリー』痛みが過去を呼び起こし、記憶が痛みを包み込む

『ペイン・アンド・グローリー』ペドロ・アルモドバル
普段あまり映画を観ない友達が、珍しく何か観に行こうと誘ってくれた。小生の好み全開の目玉ラインナップを紹介すると本作を選んでくれたので、渋谷でカレーを喰らってからBunkamura ル・シネマへ。サービスデーだからか、満席とは程遠いにしろ平日の夜にしてはまあまあの埋まり具合であった。

本作は、映画監督の主人公が脊椎の痛みで生きがいを見失いながら過去の記憶と正面から向き合うようになっていく物語を描く。映画監督が主人公のほとんどの映画がそうであるように、本作もペドロ・アルモドバル監督自身のアイデンティティをいくつも埋め込んだ自伝的作品になっている。しかも主人公も映画内で作品を執筆したり、執筆作品が演劇として上演されたりと、さながら劇中劇のような様相も呈している。時間軸も現在と子供時代、母親の介護時代を自由に行き来するから多少複雑になっている。

去年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品されており、アントニオ・バンデラスが主演男優賞を受賞している。彼の演技は圧倒的で、体の痛みと心の痛みに苛まれながら生きることに懐疑的になってしまった晩年の人間を、感情的な分かりやすい演技ではなく適切にコントロールされた抑揚をうまく使いこなして演じている。主演男優賞に値する別次元の演技に到達していたと納得するとともに、パルムドールの『パラサイト 半地下の家族』にも対抗しうる素晴らしい人間賛歌の映画でもあると感じた。

上映館数は少ないかもしれないが、もし近くで上映している映画館であればぜひとも駆けつけていただきたい。無条件に生きる希望が湧いてくる映画だと確信する。

痛み、ペイン~兎にも角にも痛いんだ~
人間は誰しも痛みを感じる生き物である。包丁で指を切れば鋭い痛みがあるし、誰かに殴られれば重い痛みを感じる。あるいは、好きなあの人に振られたり、誰かと望まない喧嘩をしてしまったときには心が苦しくなって、場合によっては心の痛みとして長い間残ることもある。つまり、痛みといっても大きく分けて人間は二つの痛み、体の痛みと心の痛みを感じる。映画でよく描かれる痛みは後者の心の痛みであろう。過去のトラウマや嫌な思い出が人間に与える影響を描く映画は正直なところ溢れている。しかし、本作の特異な点は体の痛みについても真正面から扱っていることだ。

心の痛みが生活や性格に大きく影響を与えることはよくあるが、それは確かに物理的な痛みについても同様である。例えば頭痛がひどければ集中力は削がれるし、主人公のように背中が痛ければ体を使う仕事は避けたくなるしやる気もなくなる。虫歯になれば好きなものも食べづらくなり、QOLが大きく低下する。体の痛みは決してガッツで乗り切れる痛みではなく、確実に日々の生活や精神までをも蝕んでいくのだが、あまりそこを題材にして映画にする監督はいなかったと思う。本作は加齢とともに溜まってきた体の痛みと心の痛みのどちらをも真摯に描き、過去の記憶と再会、和解が痛みをそっと包み込んで和らげるということを描いた。これは(おそらく)実際に二つの痛みを経験した監督の自伝だからこそ完成させられた映画であろう。

まだまだ若造の小生であるが、これから数々の痛みが襲ってくることに恐れおののきながらも、必ず救いの道はあることを信じて生きていこうと思わせてくれた傑作であった。
映画館で周りにいたのはみなさんだいたい高齢の方々だった。それぞれ辛い痛みを抱えているのかもなあと思い、それぞれの物語に思いを馳せながら電車に揺られて帰る夜であった。


関係ない小話
先日の都知事選の話題は未だ尽きることがないが、投票率が前回よりも下がったのはひどく残念なことである。バイト先の先輩も悪びれることなく選挙には行っていないと話していた。なぜかと問えば、政治わかんないから、と。候補でさえ小池氏が現職である以外の情報は知らなかった。そんな若者がまだ多く眠っていると思うと悔しくてならない。

小生は上京したとはいえ現在は神奈川県在住で、しかも住民票を移していないから都知事選の投票権なんて微塵も持っていないのだが、やはり東京の知事となればどこに住んでいても少しは気になるもの。小池氏の当選は予想通りだったが、極右が微妙に力を伸ばしていたり、山本氏が思ったよりも善戦していたりと予想外のこともあった。

ひとつ気になったのは、かなり多くの人が「Twitter見てる感じだと絶対小池じゃないのになあ・・・」という発言をしていること。小生は小池氏支持ではないけど、小池氏が当選しそうなのは大衆の支持率を追っていれば一目瞭然であった。結局、SNSなんてアプリの普及率に関係なく各個人に最適化された情報網でしかないのだから、たいていはアカウント所有者が知りたいor見たい情報しか入ってこないのだ。SNSで見る意見を世論と同一視している人がいるならば、それは自分の意見と世論を同一視していることと同義であることに注意してほしい。SNSの最適化された世界を見誤ってはいけない。

そんな金がありゃ映画館に映画を観に行って!