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舟の置き物

 舟の置き物を買った。小さくて、青くて、透き通ったやつだ。一目見てすぐ、買おうと思った。不器用そうな形の舟の置き物を選んだ。

 場所を選ばない、小さな舟。一段貸してもらった、棚にそっと置いておこう。

 わたしには今、定住している住処がない。もうここ数年、自分だけのスペースをもったことがなく、時にはシェアハウスのドミトリーに、そして今は友人の家に居候している。都内であれば、住処を変えることは簡単になってしまい、スーツケースで移動できるようになってしまった。
 自分だけの空間がないと、ある意味自分の存在が流れ者であるように感じられるときがある。生活が、可変的な状況に置かれている。すぐにだって、どこかに移動することも出来る。身軽であるということは、不確かな未来を意味している。その空虚な自由に、時々押しつぶされてしまいそうになるから、せめて私と一緒に旅をしてくれる舟が欲しかった。だから舟を一目見て、買うことにした。
 朝起きて、舟を目にする。私が今日もちゃんと、生きていることを認識する。舟は海を心もとなく漂う存在だ。私の身体も、いまここで漂いながら、息をしている。
 小さなわたしの身体のなかに、漂う心が住み着いている。怒ったり、笑ったり、泣いたり、くるくると忙しい心が、今日も何かしら言葉を発している。

 舟をスーツケースに詰め込んで、ここではないどこかへ旅することを想像する。この舟と、一体これから、何を目にして、誰と出会って、心はなんと叫ぶのだろうか。光を美しく通すこの舟のように、わたしの心も、だれかの光を素直に受け取ってみたいのだ。

筆者は現在インドの映画学校で留学中のため、記事の購読者が増えれば増えるほど、インドで美味しいコーヒーが飲める仕組みになっております。ドタバタな私の日常が皆様の生活のスパイスになりますように!