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雄島から

あけましておめでとうございます。コロナ禍ではじめての、実家篭りな年末年始でした。久々に会った姪っ子がわたしともうお馬さんごっこをしてくれない。姪の成長から時の流れを感じます。「好きなものはなに?」と天使に尋ねてみると、youtubeとのこと。youtubeを始めたら構ってくれそう。2022年は細々とyoutubeをアップしようと下心芽生える三ヶ日でした。


佐々木家のささやかな出来事はさておき、新年早々何事にも変え難い素晴らしい読書体験をしました。友人である松原ゆうさんが自力で編み上げた本『氾藍』を、彼女が生まれ育ち、今暮らしている港町・三国で手にすることができたのです。

松原ゆう『氾藍』


高校時代はつながりのなかったゆうさん。当時からキラキラと輝く笑顔が印象的でした。いつかちゃんと話せたらいいなあと思っていました。大学卒業してしばらく、ふとしたタイミングで彼女と連絡をやりとりをするように。本を作ったというニュースが耳に入り、そこからやりとりを重ねていました。年末、「帰省するなら三国に遊びにおいで」と声をかけてもらい、お言葉に甘えて三国を案内してもらいました。

三国といえば「東尋坊」で有名な海の町です。わたしは三国から40キロほど離れた鯖江というまちで生まれて育ちました。福井生まれの人でも、東尋坊以上の情報を実は知らなかったりします(わたしもその一人でした)。観光地としての東尋坊や、いわゆる「自殺の名所」として目立ってしまう東尋坊ですが、そこを離れて北に3キロほど進むと「雄島」という島があります。岩肌と自然林で覆われたその島は、安島漁港の方、つまり島に入る前のわたしを静かに見つめているようでした。三国の海の幸を食べた後でしたから、島が浮かぶこの海が恵みをもたらしているということをダイレクトに感じました。

安島漁港から見える雄島

冬の日本海は荒々しいです。この日は運よく晴れ間も見える天気だったおかげで、雄島にかかる赤い橋をわたることができました。それでも波がいつ高くなるのかわからず、飲み込まれたらこれは死ぬなと思いながら歩きました。晴れた日でも冬の波は恐ろしく、とても冷たそうです。「助けてください」と祈らずにはいられない、恐怖を覚えました。島そのものが大昔から信仰の対象であるというのも頷けます。


島を周っている最中に、ゆうさんはたくさんの海の色を教えてくれました。エメラルドグリーンがそこにあると思ったら、今度は透き通った深い藍色も。わたしには見つけられない色たちです。光の当たり方や深さによって、海の色は微妙に変わるみたいです。雲の流れも気まぐれで、光が差し込んだり、差し込まなかったりします。「三国の海と空の色は変わり続けるから、見ていて飽きることがない」とゆうさんは教えてくれました。

突然の雨で寒くなった体を温めるため、ゆうさんの行きつけのカフェに向かいました。「ポルタの喫茶室」というカフェです。コーヒーを味わいながら彼女とはじめて雑談する時間は、もっと早くこうして話せていたらよかったなと思うような、楽しい時間でした。そしてわたしはそのカフェで、運よく『氾藍』の最後の一冊を入手することができました。

小さな旅の帰り道、自宅へと向かう電車の中でその本を一気に読みました。著者が向き合ってきた心のゆらぎを、言葉でゆっくりと整理し、それらを一冊の本にするという営みが、その本全体を貫いていました。心が震えました。気がつくとわたしは涙をこぼしていました。

 今日、「北陸の冬」みたいな色調の低いありふれた田園風景を見つめていたら、お腹の底の方に、羊羹みたな重さの気持ちが、突然でんと鎮座した。
 そして今ふと、
「ああ、あれはこの怒りの神様やったんか」
と気付いたところである。

『氾藍』より引用


すぐれた文章の基準は人それぞれだと思います。わたしはテクストから、書き手の生活や気配を感じ、その世界を見させてもらった時に、いいものを読んだなという感覚が残ります。ゆうさんの編み上げたテクストは、エッセイ・詩・小説で構成されています。一見するとジャンルも物語もバラバラに見えるテクストに思えますが、ふしぎと、全体を通じて三国というまちを強く感じました。この土地を中心に、彼女が離れたり戻ったり留まったりを繰り返し、揺れ動く心を抱えながら、編まれたものなのだなと。どんな時でも変わらずそこにあり続けながらも、日々色を変える海と空。彼女の傍には、彼女の回復を優しく見守る人たち。それらがやわらかく彼女の周りに存在しているのだということを。


大切な本を抱えて、わたしはわたしの生活の場に戻ります。誰もが信じたいものを信じ、軽やかに生きられて、息のしやすい世界となるように。そう願わずにはいられない、嬉しい本との邂逅でした。ゆうさん、素敵な本をありがとう。そして旅の道案内に感謝です。

2022年、三輪舎の中岡さんと二人三脚で書き進めてきた『タゴール・ソングス』の原稿はようやく脱稿し、完成まであと一息です。「ポルテの喫茶室」の本棚で、三輪舎のロングセラー本『本を贈る』と目が合い、わたしの言葉と向き合わねばと思いました。

本ができたらまた地元に戻り、いろいろな人と出会い話をしたいです。


筆者は現在インドの映画学校で留学中のため、記事の購読者が増えれば増えるほど、インドで美味しいコーヒーが飲める仕組みになっております。ドタバタな私の日常が皆様の生活のスパイスになりますように!