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うちに希(のぞみ)がいます

Johnが失踪したのは去年の7月だった。

『突然ですが、俺はもう地球上での使命を果たしたんで
急遽、アンドロメダに帰る事になりました』

そう言う置き手紙と共に彼は忽然とわたし達が住むマンションから居なくなってしまった。

天才的なサイエンティストであり、ハッカーだったJohnは、

NASAのコンピュータをハッキングした罪で、首に賞金がかかっていたのだ

そんな事、わたしは全然知らなかった。

Johnがいなくなった時に、Johnの友人だったラオス大学の教授をしてる、プーちゃんからのメールでことの経緯を知ったのだ。

プーちゃんは貴族の出だったので、やたらと長い名前だったから、本名は未だに覚えていない。

プーちゃんはJohnからの追伸と言って、

「Johnが飼っていたゴキブリに愛を注いでくださいね」

とメールで送って来た。

確かにJohnはゴキブリを飼っていた。
と、いうか、ゴキブリを愛でいた。

「黒いゴキブリと茶色いゴキブリの違いってなーんだ?」

Johnがゴキブリについて語る時の目の色と言ったら、

夏休みの小学生が、オオクワガタを捕まえた時みたいに綺羅綺羅してる…

「知らんがな」

わたしは関西弁で答える。

関西出身でもないのに、教え好きなJohnがわたしに一生懸命関西弁をレクチャーするから、自然と学習してしまったのだ。

本当はアメリカ国籍のコリアンのくせに。

奴は英語、韓国語、日本語のほかにエスペラント語を含めたおよそ10ヶ国語を話せる。
何リンガル?

ゴキブリの話に戻るけど…

Johnは言った。


「それはな、紫外線を浴びると黒くなり、

紫外線を浴びないと茶色いままなんだ。

つまり黒いゴキブリは日焼けしてる健康的なゴキブリなんだ」

「どーでもええがな」

「どーでも良くない」

わたしとJohnはこんな感じでどーでもいい事にムキになりながらそれなりに楽しく笑って過ごしていたのだ。

それなのに、急にいなくなるなんて。

わたしは泣き暮らした。

泣き暮らしていても、ゴキブリにスイカの食べ残しを与えることだけは忘れなかった。

そんな自分をわたしはつくづく健気な女だと思う。


ある日のこと、夏も終わりでスイカの値段も徐々に上がり出した頃、

わたしがゴキブリにスイカの食べ残しを与えると、

ゴキブリは急激に、わたしの頭の中に奴の思考をぶち込んできた。

「全く、えー加減にせえよ。

毎日毎日、飽きもせずスイカの食べ残しばかり与えやがって、

このままじゃ体がふやけてしまうやないか」

「え?」

「俺だよ、Johnだ」

「え?」

「このゴキブリはフェイクだ。

これの正体は、
俺の思考をそのままお前の腐ってるノーミソにぶち込むテレパシステムだ」

「え?」

「え、じゃない。

俺は今、アンドロメダに行く途中で、月の裏側で、宇宙船エンペラーに燃料補給してるところだ。

NASAの宇宙軍に見つからないように、エージェントの宇宙船が燃料補給の応援に来てくれるのを待ってる」

「は?」

「『は?』じゃあない。

相変わらずお前は、頭悪いな。気づけよ、このゴキブリはレアメタル製だ」

「だって、ゴキブリになんか触れないもん」

「あーもー、触らんでもええよ。餌もいらん。

こいつは俺の思考をお前の思考に移すための仲介システムだ…

簡単にいうとだな、Wi-Fiみたいなもんだ。質問するなよ、理解しろ」

「あ、はい」

「じゃあな、なんかあったら、ゴキブリに向かって、
Hey,John!と呟け。

いいか?トゥイッターに詰まらん愚痴など呟いてる時間があるなら、このゴキブリを通して、
John様に呟け!

このゴキブリの名前は希(のぞみ)だ。

希の様子がおかしくなったら、プーちゃんに連絡して治してもらえ。

まぁ、俺は天才だから、半永久的に使えるくらいの強度を希に施してるけどな。

用事はそれだけだ。ゴキブリは、超音波を感知するから、俺がいなくなったからって、わけわからん男など部屋に連れ込むなよ!

お前は、アホだから心配でたまらん。

あと100年くらいしたら、アンドロメダでのミッションが終わるはずだから、その時また会えるから心配すんな。

じゃあ、な。安寧(アンニョン)!」

と、言うわけで、わたしはこれから、残りの70年はこのゴキブリと添い遂げる事になってしまった

それでもいいのだ

レアメタル製のゴキブリに姿を変えたイケメンサイエンティストのJohnとは、
1世紀くらい待てば、再会出来るのだから。

わたしは、

Johnに改造された

ヒューマロイド、『ナオコ』で、


寿命200年に設定されているのだから。

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