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虚構日記:猫にエールを

三か月前から、わが家の八歳になる猫が勤めに出ているのだけれど、このところ浮かない顔をしている。
いつもなら帰ってくるなり早々にご飯を要求するのに、今日は背負っていたリュックを下ろすと、私に背中を向けて毛づくろいをはじめてしまった。

話を聞いてあげたいけれど、あいにく私には猫の言葉がわからない。
だからといって無視する気にもならない。もしかして会社にイヤなことをしてくる猫でもいるのだろうか。台所で夕飯の支度をしながら、そっと観察することにした。

猫は毛づくろいを終えると、てんとう虫型のリュックをたぐりよせ、器用に紐をといて中身をカーペットに広げだした。
あのリュックは就職祝いに買ったものだ。
開け方が難しそうだからやめようと伝えたけれど、売り場のシャム猫におだてられて、これにすると譲らないため仕方なく購入した。もうすっかり使いこなしているらしい。

さて、わが子。
リュックから取り出した、カラフルな毛玉、大きな鈴、壊れた洗濯ばさみを眺めては、しっぽをびたびたと床に叩きつけている。
言葉はわからなくても、八年も一緒にいれば伝わるものがある。
きっと、おもちゃの企画会議で出したアイデアを批判されでもしたのだろう。

そういうことなら話は早い。
こちとら、いろんな物を常備しているのである。
サランラップの芯、ビニール紐、セロファン紙を目の前に広げると、後足を舐めていた猫の舌が止まる。黒目が極限まで広がっていく。

大丈夫。遊んでいる間に、きっと良いアイデアが浮かぶよ。
元気よく揺れるしっぽを見ながら、心の中でエールを送る。

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