寒い夜
昔から冬の夜から明け方にかけての空気が好きで、幾度となくモチーフにすることが多かった。冬の夜は空気が澄んでいて、自分が感じているつめたさが、ずっと遠いところまで続いているような気がする。星が出ていてもいいし、雪が降るあいだの、どこまでも自分しかいないんじゃないかと思うようなしずけさの夜も良くて、限りなく朝に近い世界線の、しろい光が群青の端をゆっくり染めていくのも。
最近めっきり寒くなってきたのに、そういえば今年は冬の夜の気配を感じていないなとふと思った。会社を辞め、夜遅くに家路に着くということも最近はめっきり減ったせいだと思っていたけれど、そうではなかった。いつもどんな時もお約束になってしまった、もはや肌着かなと思うほどに当たり前になったマスクのせいで、わたしは冬の夜の気配をからだに取り込めていないのだった。さっき誰にも会わないからと上着だけを羽織って外に出たそのとき、たった一呼吸で肺の隅々まで新鮮できよらかな空気がわたしを満たした。ああ冬がもう来ていたんだなと気が付いた。
わたしの冬の情景は目から得たものと、からだのいちばん内側にちかいところから感じた気配で成り立っている。もう十二月も終わる。暦通りというものがなくなってしまったわたしにとって、年末だろうがそうでなかろうがあまり関係がないのだけれど、でも、それでも。一年が終わり、はじまるときのなんとも言えない神聖な夜たちを、わたしはわりと好きなんだろう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?