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パーティについての文章(準備稿1)

その夜のパーティは少なくともわたしの目から見れば素晴らしいものだったしつつがなく進行していた。わたしたちがお呼ばれしたのは彼女が三つ年上のインテリア・スタイリストの背の高い旦那さんと辛抱強く作り上げた趣味のいい彼らの自邸で、そこは1960年代にその道では有名な日本の建築家が作ったヴィンテージ・マンションだった。賃貸の募集を偶然見かけて、特に引っ越す予定もなかったのに昔から二人が憧れていたマンションだ、というのでほとんど衝動的に契約してしまった一昨年の三月からゆっくりと時間をかけて、二人がこれまでに集めてきた素敵な知識や感覚を注意深く敷き詰めて続けてきたリノベーションの完成を祝うパーティなのだった。わたしは生憎招待を受け取った時にはすでにその日の午前に約束があったのでそのあとで駆けつけたのだけれど、集合から一時間半ほど経って間接照明だけで薄暗くなった室内にはステキなワインの香りが漂っていて、まさに宴も酣という感じで部屋にいるみんな少しとろんとした瞳でもう話すこともあまりなくなってぽつぽつとなんだか曖昧な話ばかりしているのだった。チャイムは鳴らさないで、そのままドアを開けていいから、という彼女からのテキスト・メッセージに従ってそうっとドアを開けると、築60年が経とうとしている薄いミント色の鉄のドアがぎぃ、とステキに貫禄深く鳴いた。ぱ、とこちらを振り向いた彼女は薄いはちみつ色に脱色した髪を顎のところで鋭く切り上げていて、今夜の主賓にふさわしく肌色と見まごう滑らかなシャンパン・ゴールドのドレスをとても品良く着こなしていて惚れ惚れとした。
「ああ、来てくれたのね、ありがとう、お仕事だったのでしょ?」
「ええ、遅れてしまって……」
「いいのよ、始まってるんだかなんだかよくわからないんだもの、でもそれがパーティってものよね」
違うかしら、やっぱり司会進行とかが要るんだったかな?とけらけら笑う彼女の耳たぶにはシャラリと大きなシルバーのピアス。ドレスのゴールドとあえて外してあるのが心憎い。奥の業務用らしいステンレスの大きなキッチンから「おお」と手を上げてくれた彼女の旦那さんは細い銀縁の丸眼鏡にきれいに整えられた口髭がチャーミングだ。
「なににする?ワイン、シャンパン、なんでもあるわよ」
「あ、じゃあ、とりあえずシャンパンを」
脚の長いきれいなシャンパングラスに彼女が気前よく注いでくれたモエ・エ・シャンドンでチン!と乾杯して、本当に素敵なお宅でとか久し振りですけど変わりませんねとかそんな前菜みたいな適当な話をしながら彼女の差し出す銀盆の上のクラッカーには白レバーのパテにレッド・ペッパー。集まっている人たちはほとんど知らない顔でたぶん彼女と旦那さんの仕事の関係の方がほとんどなのだろう。みんなマガジンハウスの検閲を受けたような洒落た格好で他にもない彼女の招待だからと気を張った格好をしてきてよかったと思う。
手土産にも数週間前から困って結局無難なものばかり選んでしまったけれどおずおずと差し出せば彼女はとても喜んでくれてほっとする。
「これ、だいすきなのよね、さすがわかってるわ」なんて言ってきれいなドレス姿のままキッチンに向かい「ちょっと、どいて」なんて旦那さんとじゃれあいながらこれまた素敵な大きいガラスのボウルにわたしの持ってきた千疋屋のフルーツ・ポンチを気前よく開けて「ほら、みんな、かわいいデザートがハイヒール履いてきたわよ」なんてわたしの慣れないハイヒールにも抜かりなく目を向けている彼女にはかなわない。

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本を買います。たまにおいしいものも食べます。