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『汽車旅の酒』吉田健一(中公文庫)

 この本は、さすが吉田健一と思える文章が、随所にあり、読んでいるうちに、汽車に乗り、ビールを飲み、二日酔いすら旅の良さに感じられる作品集である。どちらといえば、まだ、序の口とも思える一文を紹介しておく。

そして我々が宿屋に着いて、お疲れでございましょうと言われるのは、長い旅の疲れに対してであるよりも、街の明りが街の明りにも見えずにいた日々の面倒やいざこざを忘れさせ、拭い去る為の言葉なのだと考えていい。

「帰郷」から抜粋

 一文であるが、味がある。作者の書きぶりは、この一文の長さにも表れている。なんだか、呑んでいる時の酔っていく感じである。本多勝一氏の『日本語の作文技術』では、絶対に悪文と言われて、例に挙げられそうな気すらしてくる。でも、呑む人間と旅を楽しむ人間だったら、この文がどれだけいいか、わかると思う。

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